♡5 怖い夢見ちゃった 1/『お許しください』トマトお化けで夫婦の危機

「ヒロくん、ヒロくん」

 ぺちぺち。

 就寝中。顔面を叩かれた僕は目を覚ました。

「どうしました、かな子さん」


 深夜。時計を見ると二時の少し前だった。目をしょぼしょぼさせながら体を起こす僕に、妻は身を寄せて顔を覗き込み、


「ヒロくん、生きてますか」


 と心配そうに眉根を寄せる。

 彼女はすっかり目を覚ましているようで、眠たげなようすは微塵もない。


「生きてますよ」

 ほわっとあくびをする僕。かなり眠いですが、生きてはいます。

「どうしたんです。なにかありました?」

「あったんです」


 神妙な顔。ほう。僕は頭をシャキッとさせようと気合を入れた。


「それで、何事があったんですか」

「ヒロくん」


 重々しい口調。じっと見据えてくる視線は真剣そのもの。

 僕はごくりと生唾を飲み込む。


「覚悟して聞いてください」

「はい。覚悟しましたよ」


 沈黙。秒針がカチカチ鳴っている。そして、妻はいよいよ口を開いた。


「とても恐ろしい夢を見ました」

「夢、ですか」

「ヒロくん」

「はい」

「いま、夢か、ってバカにしたでしょ」

「まさか!」激しく首を振る。


「まさかまさかですよ。怖い夢を見るなんて、かわいそうに。怖かったでしょう」

 ぎゅっと抱き寄せたら、バッと拒絶された。ショック。

「いいんです。今は恐怖より怒りでいっぱいですから」

 そう言ってかな子さんは顔をしかめ、

「はあ。愛が冷めた瞬間を知ってしまいました」

 と悟りだす。どきん。僕の心臓がバウンドした。そんな夫に構うことなく、悟りを開いた妻は続ける。


「ヒロくんを大切に思っていたのに。あなたのほうでは違ったのね」

 悲しいですな。そして彼女は、遠くを見つめた。

「ちょっと待ってください。僕はかな子さんが大切ですよ!」


「そうですか。でも、いいんです。ヒロくんがジュースになっても助けてあげません。飲まれておしまい」


 ふっと乾いた笑い。そして、また遠い目をする。正直、僕はポカンとした。ジュース? 飲まれる?? けれど、夫婦の危機であることは分かるわけで。両手を合わせてぺこぺこと謝る。


「すみません、かな子さん。僕が悪うございました。お許しください」

「どうしましょうかね」

「このとおり」

「はぁん」

「どうか、どうか」

「あのね」と冷え冷えとした声。


「わたしの見た夢はとっても怖かったんですよ」

「はい」と顔を上げ、「怖い夢を見たんでしたね。どんな夢です?」

 僕は熱心に訊ねた。が、彼女は「ふん」と鼻を鳴らし、

「興味なんてないんでしょ。夢か、って顔をしましたもの」

 と、冷たい。僕の罪は重いようだ。そんなに失礼な顔をしてしまったのだろうか。あわわわわ……


「寝ぼけてたんですよ、かな子さん。今はしゃきっとしてますから、どんな夢だったか教えて下さい」

 どうか、お許しあれと懇願して、ひたいをシーツにすりつける。

「寝ぼけてたねぇ」

 凍り付く視線が後頭部に刺さる。それをひとしきり浴びると、僕は恐る恐る上目づかいで彼女をうかがった。


「いいですか、ヒロくん。とっても怖い話ですよ」

「はい、覚悟はずっと出来てます」


 ピシッとして、とても真剣な顔で向き合う。長い沈黙。僕は、ちょっと怖くなってきていたが、我慢して言葉の続きを待った。と、彼女は前屈みになり、


「トマトお化けが出たんです」

「ト、トマト?」

「ヒロくん」

「はい」


 妻の視線が再び冷凍ビームになった。


「またバカにしたでしょう。もう、いいです」


 つんとそっぽを向く。僕は己の顔をひっぱ叩いた。

 べちん。


「あら、何やってるんです」僕の手首をつかむ。

「まぁまぁ、顔が赤くなりますよ。おかしなことしないの」


 ―― 2につづく。

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