第4話
「あっ。部活、お疲れ様です」
この頃ではなかなか慣れたもので、挨拶ぐらいなら自然に交わせるようになりました。我ながら大した進歩だと思います。
「ありがと。ふぃー、しんどぉ……」
後ろに手を突いて座り、天を仰ぐ
「そうだ、藤川さん」
「はい?」
首を傾げながら、なんとかチラチラとでも目を合わせます。大分慣れてきたとは言え、真っ直ぐに目を見ながら話すのは……私には厳しかったです。
「今度の土曜日、試合に出ることになったんだ。と言っても練習試合だけどさ。先輩が言うには、その
「おぉー……? そんな試合に出して貰えるってことは、候補に挙がってるってことなんですか?」
「まあ、たぶんそういうこと」
「すごいですね、まだ入部したての一年生なのに」
「これでもスポーツ推薦で入ってるからね。そういうとこで結果残してかないと、肩身も狭くなっちゃうし」
期待の新人さんなのでしょうか。でも授業中の受け答えとかを見てると、学力的にもそんなに問題なさそうに見えますけど。
「でさ。もし予定が空いてるなら、観に来てくれないかな?」
「えっ……わ、私がですか?」
「うん、観に来てほしい。藤川さんに」
湊くんの
……慣れてきたつもり、でしたけど……やっぱりまだまだダメみたいで、頬がしっかり熱を持ってしまってるのを感じます。でもこんな美形に直視されて平然としていられる女性なんて、この世に存在しないと思うんです。
「じ、じゃぁ……観に、行きます……」
俯いてしまうも、上目がちに何とか答えられました。
やっぱり、湊くんの言葉には……何だか逆らえない魔力があります。
◇ ◇
試合の前日。
いつものように部活を終えた湊くんを温室にて迎えます。休憩を兼ねて、しばし他愛の無い会話を少々行ってから、触れるべき話題を持ち掛けました。
「いよいよ、明日ですね」
「だね……あー、けっこー緊張してきた」
そう言って、おどけたように笑いかけてきます。あまり緊張してるようには見えません。でも、こちらの用件を切り出すタイミングとしては助かります。
「こういう時、本来ならばお守りとかを渡すのがポピュラーなのかもしれませんが……」
「あっ。もしかして例の
素早く身を乗り出してくる湊くん。その単語はなんだか怪しげな取引に聞こえてしまいそうです。
今しがた私が言ったように、お守りとも悩んだのですが……私と彼の間柄ならば、これの方が渡すのも自然ですし、喜ばれると思いましたし。湊くんが言うところの、『例の物』にしておきました。
「これでは、お
「藤川さんの絵、そこらへんの縁起物より
「うぅん。そうだといいのですが」
「でも実際そうだし。いつもすっごく元気貰えてる」
「あ、あはは……」
この方はどうしてこうも平然と恥ずかしい台詞を口にできるのでしょう。たまには私の心臓を労わって欲しいものです。
「まぁともかく。どうぞ、お納めくださいな」
――花言葉。それは必ずしも、恋にまつわるものだけではありません。
例えば、今回描いてきた――
私もそれに
「…………」
……ううん? いつもなら、すぐさま大げさなリアクションが飛んでくるはずなのですが。普段はくすぐったく思ってしまいますけど、すっかり様式美と化していた湊くんの反応がないと、どこか寂しさを覚えてしまいます。
お気に召さなかった――わけではないと思うのですが。目はいつものように輝かせてくださってますし。しかし、なんでしょう。先ほどから湊くんが、花の絵と私の顔へ交互に視線を向けている気がします。
「……どうかしました?」
尚も様子がおかしく、そわそわと落ち着きのない湊くん。
何かしら気になることがあるのだとは思うのですが。その対象が絵なのか、私なのかは、さっぱりわかりません。
「――あの、さ」
「はい?」
「……い、いやっ。ごめん、なんでもない」
……? 珍しく歯切れの悪い彼の反応が、余計に私を混乱させます。
やがて気を取り直すように軽く深呼吸をし始めました。再びその顔を見てみれば、いつもの湊くんの、凛々しい表情になっています。
「ありがとう。絶対に、勝ってみせるよ」
「はい。必ず応援に行きますから……どうか頑張ってくださいね」
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