第3話
それから数日。
次は彼にどんな花の絵を贈ろうかと、胸を躍らせる日々を過ごしていました。
これまでに渡した絵は、白いツツジの『初恋』に始まり。
ベゴニアの『片想い』――もしくは『愛の告白』。二つの想いを重ねてみたり。
赤いアネモネの『君を愛す』なんて、ちょっぴり情熱的過ぎたかなと、後になって自分の頬も赤く染めてしまいました。
ふと気が付けば、
私の席が窓際かつ後ろの方であるのをいいことに、授業中にも彼を見つめ……時々その姿をノートに描いてしまっていたり。休み時間には読書をする振りをしながら、こっそりと目で追ってしまっていたり。――そう丁度、今の様に。
「いや
「ほんっと。バカだろ、カズ」
どっと笑い声が上がりました。クラスメイトたちの輪の中心にいる湊くんが、何か面白い冗談でも言ったようです。
そんな彼の笑っている横顔を見つめながら、つい考えてしまいます。
――和弥くん。カズくん。
そんな風に、私も呼んでみたい。
私のことも『藤川さん』じゃなく、下の名前で――『
ぼーっとそんな妄想をしつつ、じーっと長いこと見つめてしまっていたせいで、湊くんが私の視線に気づいてしまったようです。にっこりと微笑んで、手を軽くひらひらと振ってきました。ばっと慌てて本で顔を隠します。
突然妙な行動をした湊くんに、お友達が「なにしてんの?」って不思議がっていましたが、「いんや、なんでも?」と、彼はどこ吹く風と笑うばかりでした。
放課後の行動にも変化が現れてしまっています。
温室で会っているうちに、何とか普通の会話もできるようになりました。その時の流れで聞いたのですが、湊くんが所属していたのはテニス部だったようです。
どうしても筆が進まない際は温室から抜け出し、彼がテニスをしている姿を遠くからこっそりと観させて頂いてました。そこにはいつ行っても彼の追っかけらしき先客の群れがあり、黄色い声が上がってます。まさか私がその仲間入りをしてしまうことになろうとは、つい最近まで想像だにしませんでした。
湊くんの姿を温室の外で見る度に、実感してしまいます。
彼が、男女問わず人気者であることを。……彼に、私は相応しくないことを。
もちろん、そんなことはわかりきっていました。達観したつもりでいました。私は密かに想っているだけで良いのだと。
しかし恋とは、そう単純な話ではないのだということを、痛感もしてしまいます。
いつか、気づいてくれるのかな、って。……気づいて欲しいな、って。
気づいてくれた時、どんな反応をされるのかな、って。
どきどき、わくわく。期待に胸を膨らませてしまっている自分がいました。
そんなに上手くいかないことぐらい、わかっちゃいます。でも……妄想の中でぐらい、いいじゃないですか。
私と湊くんが〝恋仲〟に発展してしまうような、そんな未来を想い描いても。
そういった妄想をしょっちゅうしてしまうのも。時々少しだけモヤっとした何かが胸を掠めてしまうのも。なんだか楽しくて、どこか新鮮で、満たされた気持ちになってしまいます。
それは私が経験不足で、精神的に幼いからなのでしょうか。恋のなんたるかを知らないからなのでしょうか。
いずれ、ワガママになり、欲張りになり、痛みを感じるようになり……想うことが、辛くなるものなのでしょうか。
恋とは、なかなか……末恐ろしいものなのかもしれませんね……。
ちゃんと綺麗に咲いてくれるのでしょうか。私に芽生えた、この〝初恋〟という想いは。
◇ ◇
――ここは和弥の部屋。
高校生男子としては片付き過ぎているその部屋は、これまで友人の侵入を許したこともあまりない。
本日は珍しく、そこに佇む一人の女性の姿があった。……と言っても、彼の姉である『私の』だが。
「あれ、姉ちゃん? どしたの、俺の部屋で」
「アンタの部屋、しばらく見ない内に随分と乙女チックになったわねぇ」
「ははっ、いいだろコレ。同級生の子に貰ったんだ」
「そう、ね……」
「……?」
腕を組み、私は記憶を辿る。和弥はその様子を
「ね、アンタさ。この絵くれたのって、女の子よね?」
「そうだけど?」
再び唸りつつ考え込む。自分の憶測に過ぎない、確証の無いこのことを、弟に伝えるべきか否かを。
もしその憶測が合っているのならば、この絵の送り主もまた回りくどい手段を取ったものだと苦笑してしまう。
それも、こんな――〝超〟がつくほどに鈍い、我が弟に対して、だ。
身内の
以前から幾つか、「どう見てもアンタに気があるでしょ?」ってアプローチのされ方をしていたことを知っている。相手の女性を気の毒には思ったが、良くも悪くも定番なやり方であった為、さして興味を持たなかった。
だが、今回のこの花の絵は――過去
飾られた絵の一枚一枚が丁寧に描かれており、花をこよなく愛していることもしっかり伝わってくる。それ
きっと健気で、奥手で。一途で、一生懸命な子なのだろう。恋の駆け引き的には
何より――花を好きな人に、悪い人はいない。好感が持てるし、つい応援したくなってしまう。
自分の職業柄かそんな風に感じてしまい、お節介が過ぎるかと思いつつも口を開いた。
「じゃあ、たぶんだけど……――」
「――――え?」
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