偃月
安良巻祐介
月の晩に事件が多いのは古今に知られた事実であるが、三日月の出た夜に特に刃傷沙汰が多い理由は意外と知られていない。
私は牢屋勤めであったので、それを、シャムシイル(偃月刀)の異名を取った切り裂き殺人犯の男から聞く機会があった。
彼曰く、欠けて細くなった青白い月は天然の研石となっており、まっすぐに差し込む銀色のその光が、あらゆる刃を研ぎ澄ますのだそうである。
ここで言う刃とは刀だの包丁だの短剣だのといったものばかりでなく概念的なそれをも指し、例えば血気に逸った人の心、打ち毀たれた精神上のささくれなども、磨けば光る立派な刃だという。
これは月が人を狂わすというあの有名な風説を成す作用の一部で、現にシャムシイルその人も、三日月に当てられるまではごく平凡で害のない郵便局員であったというのだ。
どこまでそれを信じるかはともかく、私はその時シャムシイルの見せた、三日月の光線で研いだという彼の得物(捕縛されてからも彼はこれを隠し持ち、この話をする際にいきなり私に示して見せたのち、最後には自らの喉を捌いて獄中にて果てた)の美しさを、忘れることができそうにない。
薄青く仄白く濡れたようなその刃は確かに、肉ばかりでなく心をも切り裂きそうな危うい鋭さで以て、窓辺に月を眺める私の心を永遠に悩まし続けるだろうと思われた。
偃月 安良巻祐介 @aramaki88
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