第24話 解放されし怨念
第24話 解放されし怨念(著者/ディケ)
「今日は何にしようかな?」
氷矢の妹である氷雨は電灯がともり始めたばかりの道を歩いて家への帰路へついていた。
「辛いものは……やめとこ。」
氷雨は兄の氷矢から何かを聞いていた訳では無い。それでも今なにかが起きている事は薄々ながら感じていた。
「トンカツにでもしようかな?」
験担ぎにはやっぱりトンカツだろうとそんな程度の気持ちでの晩餐の決定だった。今までとは違う。それは氷矢が彩を担いで帰ってきたことからも察する事が出来る。ついでにもう1つダメ押しするなら、今日の昼ご飯の時にガルフリードがデスソースを使う素振りすら見せなかった。魔法をいつでも使えるようにしているのだろう。そんな風に氷雨は考えていた。
「アレ? 誰だろう?」
玄関の前に見慣れない女性が立っている。いや、女性は精霊だと氷雨はすぐに気づいた。氷雨とて三柱の一族に連なる者、精霊との契約こそしていないが幼少の頃に訓練は受けている。それに長らく兄の精霊であるガルフリードと同じ家で暮らしていたのだ、精霊とそうでないものとの判別は出来る。
「星神の家の人ですか?」
「そうだけど、あなたはどなたの精霊ですか?」
精霊は契約者から多くのものを共有している。それは味覚だったり嗅覚だったりといったもので、言語もそのひとつだ。だから氷雨はその少女の精霊を契約しているのだと判断した。
「私はサラ。姫神蓮と契約している精霊。氷矢さんはどこにいますか?」
狐耳の少女は今にも泣きだしそうな思いつめた顔をしている。
「私は星神氷雨です。兄に何か用なんですか?」
「助けて,蓮が、蓮が起きない。契約も今にも切れそうで、私はどうしたらいいのか分からない。」
ついに狐耳の少女は泣き出してしまう。きっと不安で不安でしょうがなかったのだろう。
「きっと大丈夫。お兄ちゃんが何とかしてくれるから。とりあえず中に入ろ?たぶんそろそろ戻ってくると思うから。」
そう言って氷雨はサラを家の中へと促す。しかし彼女達は知らない。今この時に氷矢が精霊の塔にいる事を、そして蓮が絶望に飲み込まれかけているということを。
「お邪魔します。」
サラは律儀に挨拶をして中に入る。
そんなサラを氷雨はリビングに案内する。
「ちょっと待っててね。今お茶を入れるから。」
キッチンに入った氷雨は戸棚を開けてお茶とお茶菓子の準備を進めていく。
「お茶は緑茶と紅茶、どっちがいいかな?」
茶葉の缶を手に取り悩む氷雨。少ししてから緑茶の缶を戸棚に戻す。お茶菓子はクッキーなのだから紅茶だろうとの判断だ。
「お待たせ。」
準備を終えた氷雨はトレイを持ってサラが待つリビングへと戻ってくる。
「なんだろこの臭い?」
トレイをテーブルに置いた氷雨はクンクンと鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。そうすると家には獣のようなすえた臭いが漂っている事が分かる。さっき玄関を通って来た時にははこんな臭いはしていなかった。明らかに異変だ。
「ひぃぃ、魔力が、凄い魔力を感じる。それにコレは……」
ガタガタとサラが震え出す。そして氷雨は気づく。臭いが家の奥にある部屋から、開かずの間から漂ってきていることに。
「何が起こっているの?」
氷雨は不安を感じつつも確認せずにはいられず、そろりそろりと開かずの間へと近づいていく。
「大丈夫大丈夫。ここは家の中。怖いことなんてない。」
そう言い聞かせる氷雨。氷雨だって分かっているはずなのに、それでも認めまいと自分自身を騙すように努めて明るい声を出す。
そしてドアノブに手をかけてガチャりとドアノブを回す。
そーっとドアを開けると、氷雨は見てしまう。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その中には想像を超える悪夢があった。
さてどうしたものか?
現在地は精霊の塔。なんか勢いとかノリとかそんな感じで世界を救うみたいな感じだったはずなのに、絶賛囚われの身な現在。本当にどうしたものか。
「こういう魔法ってどうやって解除するものなの?」
とりあえず分からないから聞いてみた。
「そんなの力任せでやっちまえばいいんだよ先輩。」
とか何とか氷矢君は言っている。どこまで脳筋なのだろうか。いや、どちらかと言うとさっきの男のせいでむしゃくしゃしてるせいかな?
「じゃあやってみるよ。」
イメージするのは大きな雷。それを拳の打ち出しに合わせて……
「どっせい!」
紫電が拳から真っ直ぐ迸り幻影の檻を突き抜ける。否、檻が少し開いて紫電がそこを素通りしていく。そして放電が終わるといつの間にか元に戻っていた。目なんか離していないのに、まるで魔法だね。って魔法だった。
「力押しはダメみたいだよ?他の方法はないの?」
「他ですと術自体の解除かもしくは術者の無力化です。」
「後者はまず無理だな。なんつっても奴さんは安全な場所から亀みてぇにここへ魔法をかけてきてんだからな。」
ガル君の言う通りここに海神とか名乗った極悪人には手も足も届かないんだよね。
「会長はこの魔法の解き方とか分かるか?」
「私も初めて見る魔法です。似たような魔法にも心当たりがないです。」
「会長も知らないか。手探りで調べてみるしかないか。」
うーむ、まだまだ魔法使いなりたての私には手を出せない領域になってきたね。
氷矢君と刈谷さんがそれぞれの精霊の力を使って解除方法の模索を初め出した。ガル君とニクスはそれぞれ契約者の中へと入っていっている。
「うん?なんだろあの火は? 氷矢君の周りを飛んでるみたいだけど。」
よく見ると結構な数の火の玉がある事が分かる。これは魂ってやつだろうか?
「そんな魂なんて放って置いても問題ないわ。問題は檻よ。檻だけよ。」
ふと隣を見るとメーネさんが落ち着かない様子でいる。
「なんか凄く焦ってる?
「時間よ。」
「時間?」
確かに時間感覚が無くなりそうな場所だけどそこまで焦ることかな?不思議そうに私はメーネさんを見る。
「私達がここに居られる時間が無いのよ。調律者の魔力だって無限じゃないもの。維持出来なくなったら地上に戻されてしまうわ。」
なるほど、つまり任務失敗。収穫無しでおめおめと帰らざるおえないわけか。
「元の位置に戻るのさ。契約している精霊なら契約者の元に、魂だけなら体に、俺たちは調律者の所にだろうな。」
金狼ちゃんがそんな事を言っている。というか金狼ちゃんって名前なんなんだろ?
「俺の名前か? そう言えば名乗ってなかったな。リンドヒルデだ。よろしくなお嬢ちゃん。」
うん?なんかカタカナ系の名前でよく分からないけど、何かおかしいような?
「リンドヒルデ? それって何か……」
「女性の名前だな。俺はメスだからな。信じられないなら確認するか?」
「いや、信じるよ。」
でも裏切られたような感じがしてならない。一人称が俺なのにメスって……メスって!
まあ気を取り直して状況を再度確認しよう。精神安定のためにもその方が良さそうだ。
「まずはあそこにいる偽メーネ。それが幻影で作られた偽物なんだよね?」
「それはちょっと違うわ。あそこに居るのは鈴よ。声や仕草を私そっくりにするように幻影を重ねているのよ。」
フムフム、つまり不完全な状態を完全に見せかけたと。
「それで蓮っていうそこで寝てる子の心を壊したってわけだね。もはや助けようがないと信じ込ませた。」
恋愛感情を利用するとは本当に許せないなあの男。馬に蹴られて死んでしまえ!
「それってどうにか出来ないの?」
「私が権限を全部取り戻せばどうとでもなるわ。なんせ地上に戻してしまえばいいだけの話なのだから。」
「それだけでいいの? 心のケアとか要らないの?」
ちょっと雑すぎない?
「心のケアなんてものはそこの偽物にやらせればいいじゃない。ちょっとイチャコラすれば元に戻るわよ。」
やっぱり雑だ!でも私もその案には賛成。愛の力とかが救うって言うのはロマンを感じるしね。
「なら問題はこの檻だけなんだね。」
どうにかしてあの男をとっちめる事は出来ないのかな?出来ないよね。アレ? でもそれならどうして
「どうしてあの男の魔法はコッチに届いてるのかな?」
「「「「!!」」」」
エッエッ、何? 何でみんなそんな驚いたような顔でコッチ見てるの?
「そうか、それだよ。律儀に魔法を解除とかしなくて良かったんじゃないか。」
「そうですよ。私達は何を迷走してたのでしょう。私も7年のブランクでカンが鈍ってたとしか言えません。ありがとうございます彩さん。」
えーと、エッ?
何を感謝されたの私?
「中継点を潰せばいいだけだったんだよ。会長、索敵よろしく頼むぜ!」
「エッ?もしかして氷矢君出来ないんですか?」
「ハッハッハー、そんな期待しちゃいけねえよ。兄弟にだって無理不向きがあるんだからよ。」
「おいコラ駄犬。それじゃあ俺に得意分野が無いみたいじゃないか!いやまぁ索敵は不得手だけどよ。」
これダメじゃない?いやいや、まだ諦めるには早いはず。
「氷矢君は不得手、私もそんな芸当は無理。それで刈谷さんは……」
私は刈谷さんの方をそっと伺いつつ聞いてみる。
「そうですよ! 出来ませんよ! 私は11歳までしか修練をしていなかったんですよ?出来るわけがないでしょう。役に立たなくてごめんなさいね。」
ちょっ!刈谷さんが拗ねちゃった。どうしよう?まあ後でフォローすればいいか。それにしても刈谷さんは何でも出来そうなイメージあったけど、どうやらそうでも無いみたいだね。
「メーネさんは何か策はある?」
「私も力になれそうにないわ。権限があれば全部把握する事も可能なのだけどね。」
これ実は詰んでない?
「あーもう、こうなったらここら辺を全部凍らせてやる!そうすりゃ中継点だって巻き込んで破壊できるだろ!」
それダメなやつじゃない!どう考えても周りの魂たち巻き込むよね!
「氷矢君待っ……」
「痛っ!」
私が静止をかけようとした時だった。氷矢君の周りを飛んでいた魂の炎が氷矢君の頭にコツンと落ちる。まるで氷矢君を叱っているかのようにも見える。
「この!なんだこいつ!この!この!」
手をブンブン振り回して魂を捕まえようとするもするりするりと躱されてしまう。
「落ち着きなよ。そんな風に遊んでる場合はないよ。」
「遊んでんじゃねえよ!」
ハイハイそうですね。私は適当にあしらいつつ魂さんの方を向く。
「あのー、中継点っていうの分かったりします?」
ダメ元で聞いたのだが以外にも回答はイエスのようだ。上下に1回動いた後に私達から離れた位置へと飛んで行く。そして曖昧な景色の中にモヤのようなものがあるのを魂さんは自らの光で照らし出してくれる。
「あれが中継点か!ファウスとかいう精霊の1部をこっちに送り込んでたんだな。」
「じゃあ氷矢君どうぞ。」
「任せろ!潰してやるぜ!」
氷矢君は右手を上げて大きな氷の氷柱を作り出していく。
「いっけぇーー!」
手を振り下ろすと同時に氷柱は物凄いスピードで飛翔してモヤを貫いて引き裂いていく。
それと同時に幻影の檻も最初から無かったかのように消えてしまった。
「消えた!後はメーネさん!」
「分かってるわよ。権限は集いて我が元へ帰れ。我はめ……」
その時だった。グイッと下に引っ張られるような感覚に襲われる。
「そんな、間に合わなかった。」
メーネさんは悔しそうに呟く。私達は失敗したのだと思い知らされずにはいられない。
「あぐぁがぁぁぁぁぁ!」
そんな地上に戻される途中、苦しそうなリンドヒルデの声が聞こえてそっちを見る。
「なっ、リンドヒルデが黒くなってる?」
何でどうして?さっきまで綺麗な金の毛並みだったのに、今は真っ黒になっている。
「我が主人はそんなにも恨みを溜め込んでしまったのか。」
絶望に満ちた声でリンドヒルデが呟く。
「リンドヒルデ!まさか異形化してるのか!」
焦ったような氷矢君の声が聞こえる。
そして程なくして私は元の路地に立っていた。
「やぁやぁ諸君お疲れさん。無駄足ご苦労さま。今の気分はどんなんだい?」
「なっ!海神ーー!」
そこにはいやらしく笑う海神凶矢と倒れ伏してゲロに塗れている渉さんの姿があった。
ここに至るまで遡ること数分前。
「何をやってるんだあいつらは。」
戻りの遅い氷矢達の事を訝しみつつも、そろそろ補給をしようかと渉は考えていた。
「非常用のこいつを食うしかないか。」
取り出したのは袋に沢山詰まったクッキー。渉の手製でプロテインを混ぜ込んだ上に蜂蜜をたっぷりの超高カロリーな代物だ。
「モグモグ……やっぱり甘いんだけどあんまり上手くないなこれ。」
どうにか改善出来ないだろうかなどと割とどうでもいい事を考えて時だ。後ろから何者かが近づいてくる。だがクッキーを食うのに夢中な渉は気付くことが出来ない。
「隙だらけだぜ渉ちゃん。」
耳元で囁く声とともに首筋にチクリと針のようなものが刺さる感触を渉は感じた。
「凶矢……お前!」
「久しぶりっしょ。学生以来か? まさか渉ちゃんが調律者だったとは知らなかったぜ。」
「手の内を全部晒す魔法使いがいるかよ。」
睨み合う2人、しかし渉の体に異変が起こる。
「凶矢、お前何をした!」
「アハハハ、今にも吐きそうな面だな。気持ち悪くて気持ち悪くてしょうがないっしょ?」
そう言ってる間も渉の症状は進行していく。
「さっき呪いを与えたんだよ。病魔を付与するってやつ。対御三家用に用意しておいたノロウイルスベースのやつさ。吐き気に下痢、そして高熱に襲われるって寸法さ。あんたらは殺してもあっちで邪魔してきそうだしな。」
「凶矢……おまオェェェェ……」
ついに限界に達した渉はその場で嘔吐してしまう。
「いいざまだな渉ちゃん。渉ちゃんが悪いんだぜ。また俺っちの邪魔をするからこんな事になるんしょ。」
「ハァハァ……凶矢、お前はまだ地上を精霊の塔で覆い尽くそうなんて考えてるのか?」
「当然っしょ。俺っちはよ、安らぎが欲しいのさ。永遠の安らぎが!だからよ、それを邪魔する奴らは許せないっしょ。なぁ!」
海神は渉の頭を踏みつけてゲロの中に渉の頭を押し付ける。
「そろそろ限界っしょ。寝てな。」
ガンと頭を踏みつける海神。渉はその一撃で意識を手放してしまう。
秘匿禁域の精霊《スピリット》 チームNZGK @NJGKx
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