Somewhere with you...

 気付くと、七緒は一人、我が家――画廊の中心に立っていた。


 窓の外はただ白くて、なんの景色も浮かんでいない。いや、白いのは窓の外だけじゃない。部屋の中も真っ白で、モノクロの絵すらもすべて白紙だった。


 不思議だった。なんの絵も描かれていない白紙が並んでいるのに、その白紙を眺めているとカラフルな絵が――色のついた風景が見える。まるで思い出しているかのようで、それでいてたった今見ているような色鮮やかで生きた風景が浮かんでくる。


 それが不思議で、七緒は部屋中の絵を見回していって、やがて一つだけ例外があることに気付いた。


 イーゼルに載せられた、描きかけの絵――七緒の心の中を描いた風景画。


 それだけは白紙には変わっておらず、依然描きかけのモノクロのただの絵で――イーゼルの足元に絵の具が置かれていた。

 紙袋に入った、色々な道具と、絵の具。


 そうだ。色をつけるって言ったんだった――そんな事を今更思い出して、七緒は筆を取って、その絵に色をつけ始めた。


 ――けど、誰にそう言ったんだっけ?


 なぜだか思い出せない誰かに七緒は首を傾げて、それでも網膜に張り付いた黄金の草原をキャンパスに移していく。描くたびに忘れてしまう――その予感は本物で、網膜の黄金はだんだんと欠けていき――その度にキャンパスに稚拙な絵として現れていく。


 それが寂しくて、それでも七緒は色を重ねていく。

 不意に、七緒は赤い絵の具を手に取った。七緒の記憶の中の草原には無かった色だ。けれど七緒は、その色がとても大切な色のような気がして――草原の中心にその色を置いた。


 気付くと七雄は花を――ひなげしの花シャーリーポピーを描いていて――ふいにその赤から見つめ返されているような気分になった。


 眼だ。綺麗な目だ。僕をまっすぐ見つめる目――七緒は筆を走らせる。


 思い出せる気がした。訪れてくれる気がした。この絵を完成させたら、彼女はきっとやって来る。帰って来てくれる。

 そんな期待の中、七緒は筆を走らせ続けた。


 黄金の草原に、白い少女が立っている。全身真っ白で、頭には包帯を巻いているけれど、それすらも美貌の一部で――真っ赤な瞳がとても綺麗な少女。


 絵が出来上がって、七緒は筆を置いた。


 そしてちょうどその時に、七緒は待ちわびた足音を聞いた気がして、だから七緒は戸口へと振り向いて、………優しく、微笑みかけた。


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Lust of vain empathy―アンドロイドは空蝉に愛を視るか― 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam

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