第11話 「tensou」

「ん〜!たぶん美味しーっこれ!久しぶりにフードコードで食べたな〜」

チョコレートパフェをぱくり、ぱくりと平らげていく少女に従えている魔物曰く。

「太るじゃしんよ」とぴしゃり。

その力を纏う少女曰く。

「いいじゃん、どうせ魔力に変えちゃうんだからさ」とこれを一蹴。

気分転換のつもりで来たはずのショッピングモールだったが、オシャレな服が多過ぎて、思わず買ってしまくってしまった。友達の少ない私には、どうせ図書館にしか、外出する事などないというのに。

「ん...スマホになにやら通知が...おや、琴葉ちゃんから電話だ、どうしたんだろう」

「もしもしー...」

呼びかけには誰も応じなかった。ただ、何かのノイズのような、雑音のような音が数秒ほど入ったのち、向こうから来られてしまった。

「もしもし、もしもーし。からかってるのかなー...もし...あ、切れた」

ふと、周りの空気が沈んだように感じた。ゾッとするような、背中を撫でられるような感覚だった。

「ねえ、マウォー。今のって何が——」

そこには、何もありはしなかった。いいや、言い方を変えるべきだろう。ここは、私の過ごした日常と180度反転した瓦礫の都だった。

「何ここ、異世界...?」

———そこには、何も無かった。何かが存在したであろう跡ならあったが、先程まで私が食べていたチョコレートパフェは、この、テービルの上に少しだけ積もった塵なのだろうか。.....それよりもここはどこなのだろうかと周辺を歩き回って見ても、なんとか建物の形を保とうとするコンクリート達がいるだけで、生き物一匹さえいなかった。当然、人の気などする筈もない。

「...マウォー!いない...?」

返事はない。この調子では、あおぐろクンもいないのだろう。そう思いながら、正面を改めて向いたとき、一人の少女がそこにいた。目の前に現れて、こう言った。

「はじめまして、オネイチャン」

その、機械で出来ている双腕に...いや、その瞬間に起きている物事に、目の前の少女に完全に圧倒され、固まってしまう。

「あ...は、はじめまして。あなたは...?」

そう質問すると、少女はにっこりと笑って一音ずつ確かめるようにして答えてくれた。

「わたしの、なまえは、ベルタ! 案内して、あげるね」

そう名乗った少女の背のリュックから、小さな機械が出てきて、周囲を照らしながら私達の周りを旋回し始める。明らかに普通の人間ではない。見た目は小学生ぐらいにしか見えないというのに。

「それで、なんでオネイチャンはここにいたの?」

「えぇとね、わからないの、気付いたらここにいて...」

それだけでも、ゲームから出てきたキャラクターの様な...そんな非現実感がある、やはり異世界に来てしまったのか。

「ふーん、そんな不思議なこともあるもんだねぇ〜」

しかし、こんな世界でもやはり子供は愛らしいようだ。


ショッピングモール内を歩き回り、ついに出口に差し掛かかったとき、ベルタが私の袖をぐいと引き寄せ、お店の中にいて欲しい、出口から出てはいけないと言い、そして

「あとで会おうねっ」

と、笑って、彼女は出て行ってしまった。

彼女の言う通り、その場でじっとしていると、遠くから警報の音が聞こえて来た。一体何が起こるのか。その疑問はすぐに解消される事になる。

ふと気がつくと、空が曇りがかり辺りが暗くなってきていた。

「雨が降るのかな...大丈夫かな、ベルタちゃん」

ただし、空を覆った雲から降って来たのは雨ではなく。

「そんな...あれってベルタちゃ...きゃあっ」

落下の衝撃で破れた窓ガラスの破片が、咄嗟に自衛しようとしたユリの腕に刺さる。だが、今はそれどころじゃない、目の前に倒れている、少女を助けなくてはならない。

「ベルタちゃん、大丈夫?何があったの、ベルタちゃん!」

抱き抱え話しかけても、呻くばかりだった。手にべったりとした感触を感じながらも、それより、と何処かで休ませなくては、とショッピングモールの中へ抱え、逃げ込んだ。


不謹慎かもしれないが、このショッピングモールから消えたのが人だけで良かった。と思ってしまった。本屋で応急処置の仕方の本であったり、包帯や薬、布、安静にしておけるベットなどがそのままだったからだ。比較的最近にいなくなったのか、中身が駄目になっている事も無かった。

「あれ、ここは...?」

力の無い声で、少女が目を覚ます。

「あ、目が覚めたのね、おはよう」

「オネイチャン、なんで...?」

きょとん、とした目で私を見つめてくるので、思わず瞳に吸い込まれそうになる。子供はこんな眼をするんだったっけ。

「だって、目の前に人が倒れてたら助けたいって思うじゃない」

「......そうなんだ、人って」

俯いて、悲しそうな顔をする彼女は、とても苦しそうに見えた。そして、ほとんど聞こえないような声で呟いた

「そんなに、優しい生き物が、ここにいたんだ...」

「それ、は——」

その事実に思わず、言葉が詰まってしまう。

しかし突然、晴れていない空に何故か光が溢れた。それに気を取られて外に視線を向けたその時、幼い影は再び外へ向かって消えた。


慌てて追いかけて外に出かかった、そこに映ったのは、彼女だけではなかった。彼女の睨む先に、はるか空の彼方に、見た事のある眼が見えた。

ソラにかかる雨雲達は、かつて倒したはずの奴だったか、いいや、奴等だった。私がかつて倒した筈の、大量の眼を持つあのサイテイダー。空を埋め尽くす、10、100、1000...その眼と奇声達が、たった一人の、私よりも幼い少女に注がれている。

「...!変身しなきゃっ、スィ、スィ、ア...」

急いで変身しようと唱えたいつもの言葉は、私を戦う事を出来るようにはしてくれなかった。なら、と振り返っても、マウォーはいない、そういえばあおぐろもいない。

「そんな、なんで変身できなっ、ああっ...お願い逃げてっ、ベルタちゃん!」

無数の眼が光を放つ。その行動をなぞるようにして、他の個体達も照準めせんを向ける。そして

音を切り裂く光の柱が乱立する。一点に向けて降り注ぐ。しかし少女は、それを避けようともせず——。


「魔術式、回化。わたしの為に力を貸して!貪食者グラトニカ!」

黒い球に包まれる少女に突き刺さる無数の光の柱が、辺りを眩く輝かせる。まともに目も開けていられない程の輝きに、目を伏せざるを得ない。

球体内も、溢れんばかりの光が充満し、過剰なまでに少女を照らす。それでもなお、光は更に輝きを増し、少女の身体を溶かしてゆく。たったの一度も物理的に少女に当たる事はなく、されど包み、少女の皮膚をじりじりと焼いて、剥がして、溶かしてゆく。

はず、だが。

「わたし、なら、たべられるもん!」

瞬間、少女は闇に包まれる。眩い街は、元の瓦礫へと姿を戻す。黒より暗い漆黒に、光達は無力に飲み込まれてゆく。

「え...?なに、あの黒いの...」

それを見た化け物達はもう一度、光柱が下す。止められる前に、間に合わなくなる前に、しかし、それは刺さる事なく空中で飲み込まれた。降り注ぐ光を喰らい、なおも地上より加速する、闇の柱。それが、眼を貫いたからだ。

一瞬にして貫かれたそれらは、空中で闇に飲み込まれて、少女の身体に吸い込まれていった。吸い込まれた闇は、少女の溶けた皮膚を再生させ、何事も無かったようにその姿を消したのだった。

この、目の前で起きた出来事を、私よりも幼い少女がたった一人でやったのだ、しかもきっとあの子は、私よりもずっと戦いに慣れている何度もこの規模の敵と戦ってきたんだ。その事に、ただ唖然としか出来なかった。しかも、私は何も出来なかった、あの子がやった事を止められなかった、助けられてしまったんだ、魔法が使えたはず、皆を守るのが私の役目だというのに。

「なんて、情けない....貴女みたいな優しい子を、友達を守りたいから私は、私は...!」

ぐ、と手を握る力を強める。ベルタが笑顔で手を振ってくれて、こっちへおいで、と身振り手振りで呼んでくれている。あんな、傷ついたのに。

私が唖然としたその時、ベルタの腰に付けられた四角い箱がピピピ、となり始める。

「...その箱みたいなのから鳴ってるの。何の音なの、ベルタちゃん」

幼い少女は、笑うだけで何も答えない。こうして沈黙が続くなか、警告を意味するような音は更に大きくなってゆく。

「次が来るから、お姉ちゃん、あっちのたてものに向かって、ぜんりょくで走って逃げて」

ベルタはそうして、あっちの方へ繋がっている大通りを指差す。

「なんで、一緒に行こうよベルタちゃん、その音って危ないサインなんでしょ」

幼い少女は首を横に振る。

「じ、実は私もおんなじような力が使えるの、だから私も戦えるよ、だからッ」

思わず手を伸ばして、その腕を捕まえようとするが、その手を掠めて、幼い少女はこちらを見る事も、答える事も無くはるか上空へと一瞬で飛び去っていく。

「ベルタちゃん!どうしてそんなに戦えるの! もうボロボロなのに、もう皆いないのに!それなのに、一体、何の為に戦っているの」

こんな叫び声は届かなかった。遠い青空に吸い込まれたまま、もう二度と戻ってくる事は無かった。飛び去った彼女が、そうだったように。

一体何故、私はこんなところに来てしまったのだろうか、誰がこんな、悲惨なものを見せてくれているのだろうか。もう十分だ、まるで私が戦っても意味が無いと突きつけられているようで、吐き気がする。でも、私の世界はまだ滅んでいないから、まだ戦わくちゃいけないんだ。そんな事をずっと、ぼんやり考えていた。

もう戻って来ないのだとやっと気付いてしまった頃には、日はもう沈んでいた。気に病んだって仕方ない、今はあまり、考えないようにしよう。

そうして彼女の言っていた方向へ歩き出した。街の大通りから見える大きな光。おそらく、あそこを目指せばいいのだろう、もしかしたらベルタちゃんも戻っているかもしれない。そんな希望を信じて、滅んだ街を進む。


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拝啓 魔法少女様 一般人H @kirokugakari

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