第10話「グーよりパーで」

「で、あの消化器を倒せるのはこの電柱じゃしんか?」

少女の隣で浮かぶ使い魔は、少女に問いかける。この電柱で何が出来るのか、と。

「いや、正確にはこの電柱を元にして魔力で作るんだけど...」

少女はその電柱を隅々まで確認し、しっかりと脳裏に焼き付ける。

「棒ならなんでもいいけど、一番近くにあったからさ、試してみようと思って」

「何でもいいから早くしないと、焼け野原になってしまうじゃしん、ユリの魔力だって無制限じゃあ無いじゃしんから、水撒きで魔力切れする前にはやく行動するじゃしんよ」

「わかってるって...じゃあ後で作戦実行するから、その時はよろしくねマウォー」

少女からの突然の無茶なお願いに、使い魔は驚きの顔を大きくする。じゃ、と消化器の化け物へと飛び行く少女の背中を目にして、使い魔は仕方ないか、とため息を吐き出した。

「使い魔使いが荒いじゃしん...まぁ使い魔って言えばそういうものじゃしんけど...」


再び眼前へその異物を捉えた少女は、四方八方へ炎を吐き出し続けるそのノズルの動きをじっと見つめる。右へ、左へ、その管の動きは恐ろしく早く、瞬く間に放射する向きを変える。ただ移動した事が理解出来る結果を残すのみで、その過程を観測する事が叶わないスピードだ、迂闊に手を出そうものなら強烈なビンタを食らってしまうだろう。ならば本体のタンク部分はどうかと攻撃を試してみたが、これがまるで効かない。消化活動と長時間の戦闘で魔力も無くなってきている。

「恨むぞ...数十分前の私...!」

これまでの戦い方はまるで通用しない、それが理解出来たときにはもう遅かったのだ。

——だが、遅過ぎた訳ではない。

「マウォーはあの消化器の後ろの...底に近い所にいて!しざ...あぁもういいずらい、あおぐろクン!合図したら戻って来てね!」

マウォーに指示をするのはいいにして、あおぐろくんは指示を聞いてくれるのかのテストも兼ねてみる。ダメなら...いや、今は考えない事にしよう。

「ハアァッ!」

頭の中で、電柱をハッキリと思い浮かべる。もわもわっとした魔力が形を作っていく。今回はあおぐろクンの力を借りていないせいか作るのに時間がかかる、しっかりと最後まで気を抜かないようにしなくては。

「よし、出来た!」

魔力で出来た電柱は、形こそ本物のそれだが、魔力で構成されているため、比較的重さはない。さぁ、あとはあの管だ。

「アイス、ロッカー...!」

管の先の周りを凍らせ、更にその氷になった管を浮かばせる。もちろん、これだけでは魔力の無駄にしかならない。あの速度で左右に動こうとする管を止めるなど、精々1秒の時間稼ぎにしかならないだろう。さらに放出されようとする魔力が一瞬にして氷を溶かす。もはや0.5秒ともたない。だが、今はそれで良い。一瞬あれば、一瞬真っ直ぐにしてくれればそれで良いのだ。

「あおぐろクン!」

と叫ぶと同時に電柱をノズルの放射口部分へ突っ込む。私のだけではここまでしか出来ない。だがあの伸縮自在の生物ならばどうか。

戻って来たしざついんみは主の考えを読み解き、電柱をさらに奥へ押し込む!電柱と消化器に絡みついたその生物は、姿を変えて絡みつく。

「よしっ!...と」

小さくガッツポーズをした少女は、突っ込んだままの勢いを維持したまま、使い魔の元へ急ぐ。魔力が足りない、変身後の衣服がパラパラと崩れ始めている。

だが、

とても苦しくてたまらない。

だけど、

ここまで上手くいったのなら。

可能性があるのなら。

「マウォーーーッ!変身ーーーッ!」

少女の身体はまばゆい身体に包まれ、困惑した使い魔にぶつかる直前、その姿をゴシック少女へと変えて、巨大な影に覆われた道路に放り出される。

「ユリ!いくらなんでも危なすぎるじゃしん!なんてことを」

「説明は後でするから、今は力を貸して!」

自らの真下に向け、右手を握り締めて思い切り振りかぶる。

「はぁぁぁぁ...ッ、ハァッ!」

地面を割り、足場が崩れ消化器がこちらへと倒れ出す。

「うぎゃああああああ!しんじゃうじゃしんーッ!」

「マウォー、こっから踏ん張るよ」

倒れ来たる巨大なそれに真っ向から相対し、自らの分身を魔力で形作り、待ち受け、構える。

「3...2...1....」

カウントの0と同時に、重くのしかかる。

みし、みしと自らの身体がすさまじい衝撃に押しつぶされてゆく。生み出した分身達が形を保てずに少しずつヒビ割れていく。

「つっうぅっ...もっとぉぉぉーーーッ!」

少しずつ形を失いながも少女は魔力を最大に引き出し、その力を手の平と脚部へと集中させる。

「出て行けえぇえぇぇぇー!」

受け止めたそれを、持ち上げたまま宙へと飛んでいく。

空を超え、無重力へ投げ出された一人は、一つのモノが魔力を急速に失っていき、ただのものになるさまを狭まる視界で見届ける。

目を閉じる前の最後に聞いた声は、使い魔が何か語りかけてくる声だった。


「ん...あれ?こんな早くにどっか行ってたのか、琴葉?」

「はい、ユリがいなくなってしまって...探していたのですが...」

寝起きに聞かされる、思わぬ言葉にぎょっとする。

「ええっ、行方不明になってんのかよ!なんでまたこんな朝から...?」

「でも、化け物倒しの方から、見つけ次第家に送ると言われまして...」

「それで帰ってきたと、どこ行ったんだろうなぁユリ、化け物に連れさられてなきゃ良いけどさぁ...だって、何処にも居なかったんだろ?この街から出て行ける訳も無いしさ」

「まさか、あの化け物倒しだったり、するのかもしれませんね」

まさか、そんな訳がないと二人で笑って、それからすこし静かになって、席に着いた。

ちいさな頃から三人一緒だった。活発な健くんと、何にも話さない暗い私と、本と友達が大好きなユリさんと。それなのに最近といえばすこし話すくらいの距離になってしまった。仕方がないと言えばそうなのだが、なんだかちょっとだけ寂しい気がしてならない、素敵だったユリさんの笑顔もいつからかまるで見なくなった。同じくして、三人で遊ぶ事も少なくなった。たまにユリさんが図書館にいるのを見かけたり、健くんは運動部に入ってからの友達がいっぱい出来て、その少しあとに私は科学部に入ってから忙しくて...

そんな事を彼女が帰って来るまで、懐かしいそんな事もあったなと話していた。


ただいま、と何事も無かったような顔をして彼女が帰って来た。合わせて2時間近くも経っていたので、何処で何をしていたのかと問い詰めると、戦いに巻き込まれてしまったので、建物の陰でじっとしていたとへらへら笑うばかりではぐらかして何も話さなかったので、それ以上は何も言わない事にした。こうなるともうてこでも話さないだろう。


「じゃ、俺たち部活行ってくるから、行って来まーす」

「行ってまいりますね、ユリさん」

重い荷物を背負った二人の背中と、それを隠すように玄関が閉まる。

「はいはーい、いってらー」

ついていたテレビではニュースが流れている。うちの県のチャンネルに合わせると、丁度今朝の化け物の話をしていた。放火により3名死亡。燃えた範囲と、現れた化け物からすると少ない範囲だそうだ。『これも化け物倒しのお陰か?』と右上にテロップが入れてある。なんだったかの専門家曰く、正体の掴めない相手に援助を受けている状態は危険なので、あの化け物倒しはむしろ止めるべきだと述べていた。...なんで命張って戦ってて、感謝されないどころか、むしろ邪魔だと言われなくてはならないのか。は...ほうっておけと言うのか。

...あまり気にしないようにしよう、ああいう人はなんでも否定する人だろうし...

そうだ、だらだらと家で過ごしているよりも折角の休みなのだ、何処かへ出かけよう。


「まずは服、だよね」

普段は一人じゃまず来ないショッピングモール。...に着いたのはいいけど、人が多くていやに緊張してしまうのは日陰者のさがだろうか。今日はなんだか平気なので、平気なうちにささっと買って帰ろう。本命は今日発売の小説だしね。

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