15-5

 一門はグネギヴィットに一人一人挨拶をし、ソリアートンの拝送を受けて帰っていく。シュドレーは当主の椅子の後ろで、セルジュアと兄たち、義姉あねたち、そしてミュガリエが退出するのを待ってから、グネギヴィットの正面に回り、その手の甲にさよならの口付けをした。


「ところでガヴィ、ザボージュ殿に、ご自身の詩の朗読会の出演交渉をしても構わないものかね? 彼にはテッサ義姉ねえさんのような、熱心な贔屓が付いているから、集客が期待できると思うのだよ」


 一門にも内緒にしたシュドレーの提案に、グネギヴィットは軽く思案した。ザボージュのことはまだ、表立った部分しか知らないが……。


「目立つことはお好きな方のようですから、なさるだけなさってみればよろしいのではありませんか? 必要がありましたら、わたくしからもお口添えをさせて頂きます」

「そうか、それでは、一つ張り切って企画をしてみよう。ガヴィが乗せてくれるなら、ザボージュ殿は間違いなく引き受けてくれるだろうからね」


 全くもって、抜け目のない叔父だ。積極的に親族会議に参加しながら、そんなことを考えていたのか。

 とはいえそれが実現するならば、州立劇場の魅力的な演目になるだけでなく、シュドレーがザボージュと時間を共有する為の格好の口実になってくれるだろう。サリフォール家の人間らしい、一石二鳥の得の取り方だ。


「わたくしの頼みを聞いて下さりながら、劇場の仕事も忘れない。叔父上は本当に頼もしくていらっしゃいます」

 グネギヴィットの感嘆に、シュドレーは機嫌よく片目を瞑る。


「どちらも愉快なことだからね。そうだガヴィも、ザボージュ殿と一緒に舞台を踏んでみないかい? 百合の花を一輪持って座っているだけでもいいから」

「切符の売れ行きの試算によります。客層を想像するに、わたくしは引っ込んでいる方がよろしいかと思われますが?」

「現実的だねえ」


「貴重な税収に係わることですから。避暑にお越しになる方々が、エトワ州内で落として下さる遊興費は馬鹿になりませんでしょう。ああ、ザボージュの『顔だけ』でない良いところが一つ見つかりました。顔ありき――ではありましょうが、話題に上ることにかけては、おそらくとても優秀でいらっしゃる。婿にいらして頂けたなら、年中行事は勿論のこと、様々な催し事の目玉になって下さるでしょう」


 綺麗に微笑みながらグネギヴィットは、ザボージュは人寄せに使えますよね、と言っている。もしも婿にしたら、使い倒す気満々なのがシュドレーにはわかる。何故なら自分もそうするであろうから。


「ガヴィは時々酷いね。経営者としてはガヴィの言い分に同意するけれど、演出家としては臨場感を高めることに拘りたいかな。軽薄な印象のあるザボージュ殿の、常とは違った真に迫る朗読を聞かせてみたい。その辺りの塩梅は、テッサ姉さんたちに意見を求めてみるとしよう」


 そう言い残してシュドレーも去ってゆく。茶器を片すマリカをからかい、紅茶を淹れたソリアートンの腕を褒め、目礼をするローゼンワートを無視してゆくのが彼らしい。



「お疲れ様でした」

 さりげなく当主の椅子に近付いて、ローゼンワートが気遣わしげに声を掛けてくる。グネギヴィットは大きく肩で息をした。

「本当に疲れた……」

「後は明日を乗り切れば、少しはお楽になれましょう」


 明日は……そうだ、州公代理をしていたバークレイルから、州政の申し送りをしてもらうことになる。報告内容の如何によっては、担当の官たちのみならず、マテューアースやエクタムーシュも呼び出さねばならない。グネギヴィットの唇から、想像だけで青色の吐息が漏れる。


「わたくしの留守中に、州政に問題は起きなかった?」

「問題のない日がないのが政治というものでございます」

「……その通りだ」

 淡々と、知ったような口を利くローゼンワートを、グネギヴィットはしばし見上げた。ローゼンワートは、それに、シュドレーも、特に勘が働く方だ。


「何か?」

「何でもない。ローゼンワート、お前ももう、下がりなさい。安息日だったのにご苦労だったね」

 ローゼンワートを退出させて、グネギヴィットは窓に寄り、その先に広がる中庭を眺めやった。遠くに、あれは、庭師長かもしれない。ルアンではない年嵩の庭師の働く姿が見える。


 明日は、きっとルアンに会いに行こう――。


 グネギヴィットは切実にそう思った。

 州府に復帰する一日目である。定刻に政務を終わらせるのは難しいかもしれない。それでもグネギヴィットは会いたかった。ザボージュを州城に迎えてしまえば、その間は、一人で散策をする時間など取れない。必然的にルアンには会いに行けなくなってしまう、だから……。

 ザボージュが来るまでに、いや、シュドレーとローゼンワートを北棟に滞在させるその前に、一日でも多くルアンと会って、たっぷりと彼から滲み出る、元気の素を補給しておきたかった。



*****



 翌日。

 グネギヴィットが無理を押して、少し長引いた政務終わりに急ぎ足を運んでみたが、約束の場所にルアンはいなかった。

 次の日も、そしてまた、次の日も――……。

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