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「だけどグネギヴィット、婚約もしていない殿方を、州城にお泊めするのはどうかしらね? ザボージュ様は特に、そちらの方面で有名な方ですし、大人同士のこととはいっても、わたくしはあなたの為に良くないと思うのだけれど……」

 いささか言い難そうにしながら、エクタムーシュの妻がそう述べた。


 色恋沙汰には疎いグネギヴィットだが、彼女が言わんとしていることについては、以前にユーディスディランから指摘を受けている。人の噂とは、面白おかしく語られてゆくもの――。相手が遊び人のザボージュときては、女の側に瑕がつくばかりの醜聞が、作り話であっても真実のように広められてしまいかねない。


「それについてはわたくしも考えました。わたくしは『【愛と結婚の女神】フィオの教え』を守って然るべきものと心得ておりますし、勝手な憶測をされるのも御免です。そこでお願いがあるのですが、シュドレー叔父上、ザボージュを招待している間、わたくしの親代わりとして州城に住まい、迎賓の男主人を務めては下さいませんか?」


 グネギヴィットに名指しされたシュドレーは、自分に視線を集中させた一門を、くるりと見渡してにやっと笑った。

「それは別に構わないけれど、兄上たちを差し置いてどうして私なんだい?」

「当初は勿論、ご家族ぐるみでいらして頂き、バークレイル叔父上にお願いするつもりでおりました。ですがそうしてしまったら、どうやらご家庭不和を呼び込んでしまいそうなので……」


「ああ、うん。わきまえのあるテッサ義姉ねえさんはともかくとして、憧れの詩人に有頂天になってしまいそうな、子羊たちをうろつかせるのは良くないね」

「ザボージュの浮気性が、わたくしの身内に及ばぬかどうか様子を見ておきたかったのですが、やはり危険でしょうか?」


 グネギヴィットの発言に、バークレイルはひいっと、息を詰めたような悲鳴を上げた。

「そ、そのようなことを考えておったのか、グネギヴィット! いかんぞ絶対いかーん! 『顔だけ』詩人をわしの娘たちには近づけるな! 手付けにされたらどうするんだ!」

「まああなた! 娘たちを信用して下さらないの! それにザボージュ様だって、グネギヴィットと愛を深めにいらっしゃるのに!」


 ぷりぷりしているテッサリナの隣で、バークレイルはぎりぎりしている。ついでにミュガリエはおろおろしている。

「そこまで危ない人なわけ……?」


 グネギヴィットにとって、ザボージュと深めるつもりなのは、相互理解で愛ではないのだが……。ほんの僅かでも、バークレイルやミュガリエを安心させるには、テッサリナの妄言を聞き流しておいた方が賢明だろう。


「まあとにかく、バークレイル叔父上がこのご様子では、厳格な親代わりにはなって頂けても、到底社交はお任せできぬかと。次にマテューアース叔父上は」

「そんな暇は無い。聞いておくべきは聞いたようなので私は帰る。後のことはグネギヴィットの好きにせい。以上だ」


 グネギヴィットの言葉を待たずに、マテューアースは自ら断ると、有言実行とばかりにさっさと退席してしまった。

 しかし、突然の出来事に唖然とするのは、新参者のミュガリエ一人きり。マテューアースの妻に至っては慣れ切ったもので、代理で一応最後までいるわねと言いながら、優雅にお茶を飲んでいる。


「マテューアース叔父上はああいった御方ですし、実際のところ、叔父上が職分に付いていて下さらないと、有事の際に困りますから」

「いえてるね」

「では私は?」


 不満げに噛み付いてきたのはエクタムーシュである。二つ上の兄に自分の個性を強烈にしたようなバークレイルがいて、常から影の薄い四男である自覚はあるが、さっさと自分を飛び越えて、末弟を頼まれるのは面白くない。


「エクタムーシュ叔父上は、叔母上が身重でいらっしゃるので。ご夫婦の大事の折に、ご負担をかけるわけには参りませんから」

 時折大儀そうに、目立ち始めた腹をさすっているエクタムーシュの妻は今、一人目と大きく歳の離れた二人目の子を孕んでいる。待ち望んだ妊娠であるのは知れているので、できるだけ平穏に過ごしていて貰いたい。


「以上のような理由から、この際序列には拘らず、社交は社交の上手であるシュドレー叔父上に、要となり助けて頂きたいと思った次第です。他の叔父上方には、わたくしの余暇を増やせますよう、主に州政の方をご助力頂ければ幸いかと。境遇も生活時間も興味が向かう方向も、シュドレー叔父上とザボージュには近いものがおありのようですし、適材ではないかと」


「それはまあ、否定はしないけれど、今までの話の流れでそう言われると、いささか複雑だねえ」

 自分も含め、一門が言い散らしたザボージュ評は、大概酷いのものである。微妙な顔つきをしてシュドレーはぼやいた。


「安心なさいなシュドレー。サリフォール家の道化師を、誰も『顔だけ』だなんて思っていないから」

 また、どうにも反応し難い補い方を、悪気なく――かどうかは怪しい気がするが――しでかしてくれたのはセルジュアである。グネギヴィットは漏らした笑いから苦みを外して、シュドレーを見上げた。

「そうですね、二枚目なだけでなく、三枚目もおこなしになれる叔父上ですから、頼りにしています」


「しかしシュドレーでは、どうしても夜間に不在がちになろう。肝心な時におらんのでは話にならない」

 妻と自分を分けて考えているらしい、エクタムーシュはまだ一人不平そうだ。シュドレーを親代わりに推す上で、確かにそれは突かれて痛い泣き所ではある。対応を考えるあぐねるグネギヴィットに代わって、シュドレーが助け舟を出してくれた。


「その点は、そうだね――、私の休みを増やしても、劇場が回るように調整はできるだろうし、どうしても私が出ないといけないような夜は、ザボージュ殿をガヴィと一緒に連れ出しでもするさ。そうすることで、私がガヴィの親代わりに二人の目付けをしているのだと、対外的にも示しやすいと思うけれどね」

「ふうむ」


 エクタムーシュも渋々ながら頷いた。面倒なことではあるが、グネギヴィットの評判を落とさぬ為には、わかりやすく体裁を整えることも大切だ。ザボージュに対しては、実質的な抑止力を、感じさせておくことも必須だが。


「まあだけど、さすがに毎日毎晩張り付いてはいられないからなあ。ガヴィの近くには、喜んで邪魔をしそうな番犬を置いておこうか。ローゼンワート」

「はい」

「聞いての通りだ。アンティフィントの坊ちゃんがお越しの間、南棟の官舎を出て、お前も私と一緒に北棟に詰めるよう」

「構いませんので? グネギヴィット様」


 直接シュドレーには答えずに、ローゼンワートはグネギヴィットに指示を仰いだ。たとえ結果が同じでも、主君であるグネギヴィットを差し置いて、他者の下命に従うつもりは毛頭ない。


「シュドレー叔父上の仰る通りに、ローゼンワート。お前が昔、使用していた部屋を開けておく」

「承知致しました」

 シモンリールの教育係時代、ローゼンワートに与えられていた部屋は、当時シモンリールの部屋であった嫡男の間の脇にある。今グネギヴィットが使用している、当主の間とも同じ並びだ。


「私の方は、ガヴィ、ザボージュ殿の隣の客室に入れてもらおうかな。お誘いも監視もしやすいだろうから」

「わかりました。ソリアートン、アンティフィントのご一行の陣容が分かり次第に、シュドレー叔父上の部屋も合わせて整えなさい。叔父上には余裕をもってご入室頂けるように」

「畏まりました」

 執事は恭しく承った。ザボージュを迎える為に、既に様々な手配を始めているソリアートンにとっては、それに付け足されたほんの小さな一仕事である。



 これで、今日の議題には一段落がついた。窓外の光から考えるに、解散にはよい時合いだろう。グネギヴィットは最後に一座をゆっくりと見渡して、会議を閉めることにした。


「他のみなさまも、ご都合がつきましたなら、客人のお相手と品定めに、随時お運び頂けると嬉しく存じます。ザボージュの滞在日程が決まりましたら、歓迎の晩餐のお誘いと合わせて、改めてご報告をさせて頂きます。本日はこれにてお開きに」

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