第十五章「一門」

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 よもや自身の縁談が、ルアンに大きな打撃を与えているとは、知る由もなく。

 彼との再会により、英気を養ったグネギヴィットは、凛々とした覇気を持ってサリフォール家の親族会議に臨もうとしていた。


 グネギヴィットが招集をかけるまでもなく、当主の帰りを待ち構えていた一門の方で、示し合わせてご機嫌伺いにと押し掛けてきた形である。不意を打たれて慌てたグネギヴィットだが、近日中にと心づもりはしていたこと。呼び出しの手間が省けてしめたものだと思い直すことにした。


 腹が据わったのはよしとして、さてここは、どちらの格好をしたものかと――。衣装室の姿見の前で、しばらく悩んだ末にグネギヴィットは、シモンリールの遺品を置いて、華やかなフリルのついた銀鼠色の室内着を身に付けることにした。



*****



「ようこそ、みなさま。わたくしを気にかけてのご足労をありがとうございます。お茶請けには、王都の土産話を用意させて頂きましたが、それでよろしゅうございますか?」

「うむ。美味であればな、グネギヴィット」


 軽く身支度の間を待たせた後、寛いだサロンの女主人の様相で現れたグネギヴィットに、一門を代表してバークレイルが答えた。城帰二日目の今日は安息日で、ちょうど州府の休業日に当たる。そこでとこの叔父が音頭を取って、わがままに強行をしたのだろう。


「それはもう、ご満足頂けること請け合いかと存じます。バークレイル叔父上には、州公代理をお務め頂きました件、深く御礼申し上げます。明日もまたよしなに」

「ふん、気の抜けた格好をしおってからに。ながの遊びで頭の中もふやけておろう。このまま代理でのうなってやっても構わぬぞ」


 さっそく居丈高に挑発するバークレイルに対して、グネギヴィットはさりげなく一同の表情を窺ってから、閉じた扇を顎先に当て、柔らかく首を傾げて、ことさらに穏やかな微笑をして見せた。


「叔父上は本当にお変わりないご様子。耄碌もうろくなされていないようで安心をしました。ちょうどみなさまお集まりですから、本日の議題の一つに諮ってみましょうか?」

「ぬっ……!」


 顔を真っ赤にしたバークレイルは喉を詰まらせ、代わりに別の人物がくつくつという笑い声を漏らした。声の主は、バークレイルの肩にのっしりと肘を置いて、その上に軽く身を乗り出してくる。


「ガヴィ、バーリー兄さんの冗談がいまひとつなのは、今に始まったことじゃないんだから、そこいらで勘弁しておやりよ。戯れ言はさておいて、メル姉さんはお達者でいらしたかい?」

「ええ、とても――。メルグリンデ伯母上には、たいへんお世話になって参りました」

「だろうね。さぞや姉さんに鍛えられてきたんだろう? そんなひらひらした服で油断を誘っておいて、ガヴィはちょーっとばかり悪たれ口が冴え過ぎだ」


 そう諌める彼自身の口調も服装も、グネギヴィットよりよほどお気楽で、場をとりなしに出てきたのかひっかき回しにきたのかわからない。屈辱感と併せて物理的な被害を与える第三者に、バークレイルは不機嫌に矛先を転じた。


「重い! 早くその腕をどけぬか、シュドレー!」

「バーリー兄さんが作った空気よりは、よっぽど軽いと思うのだけれどね」

 減らず口を叩きながら、シュドレー・デュ・サリフォールはバークレイルからひょいと離れた。


 彼もまたグネギヴィットの叔父の一人で、父の兄弟の順では末弟に当たる。趣味と実益を兼ねて繁盛させるからと、先々代にごねてねだって就任したのがエトワ州立劇場の総支配人。以来、仕事で遊びながら――劇場経営や興行の企画に携わるだけではあきたらず、舞台装置作りを手伝ったり、病欠者の出た楽団の穴を埋めて演奏したり、果ては群衆役で舞台を踏んだりもしているとかいないとか――、奔放に人生を謳歌している変わり種の独身者だ。


「さあさ、公爵閣下、お席へどうぞ」

 シュドレーは道化師のように、ありもしない椅子の塵をさっさっと払う仕草をして、グネギヴィットに上座を勧めた。一門の視線が集まる中を、当主の位置であるそこに腰を落ち着けて、グネギヴィットは小さく息をつく。


「ありがとうございます、シュドレー叔父上」

「なんの、愉快な席取り合戦を見せてもらったからね。勝者には特別に私からのえこひいき。おかえり、ガヴィ」

 おどけて言ってシュドレーは、グネギヴィットの頬に口付けた。続けてお気に入りの姪からも、同じものを返してもらう。


「ああ、やっぱり、近くで見ても惚れ惚れするような美人だねえ、ガヴィは。こういう時だけは、女らしくしていてくれる方がいいね」

「おだてても何も出ませんよ、叔父上。お出しできるのは、ソリアートンが淹れる紅茶だけです」

「十分十分、ここの執事はお茶を淹れる名人だからねえ。それはそうと、紅茶とは珍しい。ひょっとして王都のお土産かい?」

「ええ。メルグリンデ伯母上に、分けて頂いてきた特級品です」

「へえ、それは楽しみだ!」


 これで一座の、緊張が緩んだ。利き酒ならぬ利き茶を趣味にしていたことのある、メルグリンデは茶葉に煩い。また、ソリアートンの妙技によって、舌を肥やされてきた叔父たちは、バークレイルを筆頭に全員茶道楽なのである。



 芳潤な紅茶の香りが立ち始める中、当主への挨拶の場を他者に譲って、シュドレーは自分の席に着いた。そうしてから、壁際に向けた目に意地の悪い優越を浮かべて、静かにグネギヴィットを見守っていたローゼンワートを差し招く。

「駄目だなあ、ローゼン、ガヴィはお前の大事なお姫様なんだろう? 守り役が役立たずだから、美味しいところをもらっちゃったよ」


 サリフォール家の親族会議の出席者は、当主から数えて四親等以内の成人男女。それからおまけで、社交界での披露目を済ませた準成人扱いの少女である。再従兄はとこに当たるローゼンワートは六親等で、本来資格を持たないのだが、古くはシモンリールの教育係であった関係で、主を替えた今でもグネギヴィットの側近の立場から、使用人と並んでの傍聴だけは許されていた。


「過保護はいらないと突っぱねられる方ですから。それに、出しゃばりは嫌われますので」

 ゆえに、傍観者であらねばならないローゼンワートは、上段から見下ろしたシュドレーのからかいにそっけなく応じた。この程度のことで、簡単に乗ってくるような玉であるならば、そもそもローゼンワートは警戒するに値しない。


「ま、それはそうだね。で、お前は私を嫌ってくれたかい?」

「ご自身を基準に量られましても……。度量には大きく個人差というものがございますのに」

「本気でいけすかないねえ、お前」


 同世代の男二人、今さら嫌い合う必要もないほど、ローゼンワートとシュドレーの仲は険悪である。両者ともグネギヴィットの支援者であり、いかにもな面を持つサリフォール家の人間なので、同属嫌悪といったところか。

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