5-2

「ようこそお越し下さいました、殿下」

 ユーディスディランの周囲を、王太子の為に選び抜かれた白い制服の近衛騎士たちが折り目正しく取り巻いている。華やかな王太子の一行を出迎えて、黒髪の貴公子が緩やかにお辞儀をした。

「シモンリール? ……の筈はない。いや……!」

 今は亡きシモンリールよりも、一回り小さな貴公子の顔を確かめて、ユーディスディランは我が目を疑った。


「グネギヴィット、あなたか!?」

「はい。驚かれましたか?」

 ユーディスディランに名を呼ばれて、グネギヴィットは典麗に微笑んだ。貴婦人としての彼女をよく知っている、騎士たちからもざわめきが漏れる。

 グネギヴィットのしなやかな肢体を包んでいるのは男物の喪服。長い黒髪も結い上げずに、首の後ろで束ねているだけだ。


「この姿で、殿下にお目見えを致しますのは、そういえば初めてでございましたね」

 禁欲的な男装は、女性らしいまろやかさを覆い隠してしまっている。けれどもそれは、グネギヴィットの知的な美貌を余すことなく引き立たせ、ドレスではわからない脚の線を露わにしていて艶めかしくもあった。

「男装をした女など、お珍しいかもしれませんがあまりお気になさらず。ご案内を致しますので、どうぞこちらへ」

 物慣れた様子でグネギヴィットは、生まれながらの貴公子さながらに振る舞う。既視感と困惑を覚えながら、ユーディスディランは招かれるままグネギヴィットに肩を並べた。



*****



「そろそろ聞いても構わないかな。グネギヴィット、何故そのような格好を?」

 長椅子に腰を落ち着けるまで、その質問を待ったのは流石といえるだろう。饗されたお茶で一息を付いてから、ユーディスディランは待ちかねていたように問い質した。


「はい。執務の際に男装をするのは、兄の補佐をしていた頃からのわたくしの習慣です。わたくしが女であることを、官に意識させぬよう始めたことですが、男の服を纏うことによって、わたくし自身の心構えも違って参りますので」

 隠す理由はないので、グネギヴィットは正直に答えた。私室にも仕事を持ち込んでいるので、近頃では一日の大半を、男物の衣服で過ごしていることも珍しくはない。


「なるほど。ところで今も、政務中というわけかな?」

 遠回しに非難するような物言いに、グネギヴィットはどきりとした。親密な彼女だからこそわかることだが、どうやらユーディスディランは拗ねているらしい。仕事のつもりで自分と対面しているのかと。


「いえ、お恥ずかしながら、殿下をおもてなしする采配に手間取りまして、わたくし自身の準備が間に合わなくて」

「そうか。こちらこそ失礼をしたようだ。女性の身支度というのは、長らく時間がかかるものだったね」

 自らを納得させるようにしてユーディスディランは頷いた。そこにいるのはグネギヴィットだとわかっていても、ふと、奇妙な感覚に囚われる。


「それにしても、そうしておられると兄君に良く似ている。シモンリールが亡くなったというのが嘘のようだ」

「誠に……」

 ユーディスディランに答えて、グネギヴィットもしみじみと呟いた。感傷だとわかっていても彼女自身、鏡の向こうに兄の面影を見ることがある。

「嘘であればよいのにと、わたくしも、朝を迎える度に思っております」

「グネギヴィット……」


「マイナールには、しばらくご滞在になられるのですか?」

 しんみりとした空気を断ち切るようにして、グネギヴィットは無理に明るく話題を転じた。

「そのつもりだ。父上が気紛れを起こされてね。久しぶりに国王代理から解放されたので、これ幸いと羽を伸ばしに来た」

「さようでございましたか。お召しになって下されば、こちらから離宮へ伺いましたものを」

 ユーディスディランは淡く唇に笑みを刷くと、そっと手を伸ばしてグネギヴィットの膝に置かれた手の上に重ねた。


「あなたが州城で、常日頃どうお過ごしでいるのか気になったものでね。シモンリールの政策を上手く引き継いで、たいした混乱もなく州を治めているという評判は聞いていたが、まさか凛々しい男装をしておられるとは思わなかった」

「兄が健在でしたら、おそらくは叱られましたでしょう。殿下の幻想を壊すとはなんたることかと」

「幻想か……。確かに私は今まで、あなたが意外な一面をお持ちであることを、全く知らなかったことになるね」


 ユーディスディランは複雑な面持ちで、グネギヴィットを改めて眺めやった。彼女が厳しい帝王教育を受けて育った令嬢であることは承知していた。見目かたちの麗しさだけでなく、打てば響くような才気に惹かれたのもまた事実だ。

 しかし、ユーディスディランが恋をしたグネギヴィットは、艶やかに社交界を彩っていた、高雅な淑女なのである。


「見た目が違うだけで、わたくしはわたくしです、ユーディ」

 衣服に合わせたような気丈な笑みが、ユーディスディランには痛々しく感じられた。

「無理はなさっておられないか?」

「お心遣いありがとうございます。わたくしはこの通りに」

「顔色があまりよろしくないようだ」

「このなりですので……。不恰好に見えないよう、化粧を抑えているせいでしょう」

「それならばよいのだが……」

 青白く見える面には頬骨が目立ち、酷く痩せたようにも思う。けれどもグネギヴィットの強がりを、 ユーディスディランはそれ以上追及しないことにした。


「遺憾ながら葬儀には参列できなかったからね、シモンリールの墓前に弔いを手向けたい。これからお付き合い願えるかな」

「勿論です。殿下がおいで下されば、兄もことのほか喜びましょう」

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