「はい」を保証する機械

ばね

「はい」を保証する機械

これは、友達の友達から聞いた話なんですけどね…。


ちょっと前に、とあるゲームメーカーが、占いゲームを作ろうとしたらしいんです。

まぁ大して大きくもないメーカーだったらしいんですが、社運をかけた一大プロジェクトだったとかで。


どんなゲームかというと、プレイヤーが機械にむかって話すと、人工知能が最適な答えを導き出して教えてくれるという…まぁ出来たら画期的なものだったんでしょうな。


問題を分析し、答えを導き出すというプロセスを実現させるための人工知能、つまりソフト側の開発と、機械そのものや音声の入力部分を作るハード側の二つのラインがあったそうです。

当然のことながら、難易度はソフト側の方が遥かに高かった。

ハード側は中国なんかの下請けに回して、その会社では連日連夜人工知能の教育に明け暮れたそうなんですわ。


想定問題集を作ったり、人工知能の提示した答えに点数をつけて、どんな回答が喜ばれるのかという学習をさせたり。

社内の人間の個人的な悩みに対して答えさせるのもやってたそうなんです。

実地テストも兼ねた開発ってやつですかねぇ。


一応、問題を入力するとそれらしい答えを返すようになったんだとか。

ところが、そのころになって、ひとつ問題が発生しました。


下請けに出したハードが完成して納入されたんですが、これがどうにもひどかったらしくて。

いや、音声入力とかそういう基本機能はまぁそれなりのものだったんですが、肝心の機械から発される方の音声がまぁカタコトもいいところで。


「ワタシ、オモウ、アナ、タ、ハ、キョウハバ、ラノハナヲム、ネニサシテ」


みたいな。


人工知能の方にお金をかけすぎて、安い海外の下請けに出したせいですかねぇ…。

その癖、「はい」って返事だけは妙にバリエーションとか感情表現が豊かで滑らかで、アンバランスもいいところ。

なんでこんなことになったんだって責任者を問いただしたら「日本語の監修をできるものがいなかったから、せめてよく使う相槌の言葉だけでもこだわって作ろうという話になった」らしくて。


あんまりな出来ではあったけど、これ以上お金をかけられないと判断した社長は、「この機械っぽいのも味」として割り切ったそうです。

人工知能は筐体に移し替えられ、音声を使って遊べるようになりました。


しかし、しばらくするとまた問題に直面しました。

ある時から、この機械が「はい」以外の言葉を返答しなくなってしまったそうなんです。


当然エンジニア勢は頭を悩ませました。

どこかに致命的なエラーが発生しているのか、それとも学習のさせ方に問題があったのか。


懸命な調査も虚しく、もうこの機械はどんな悩みを告白しても「はい」としか答えなくなってしまったそうです。

悪いことに、直前の売り込みでこのゲーム機を近々開発予定のテーマパークに納入することが決まったばかりでした。


社運を賭けたプロジェクト、会社の経営は既に火の車です。

テーマパークの公開はまだ先の予定ですが、料金だけは前倒しである程度払ってもらえることが決まっていました。


開き直った社長は、この件をギリギリまでクライアントに伏せ、治らなければ直前でバグが発生したという言い訳で押し切ろうと決めました。

バグが発生した当初は大騒ぎになったものの、トップが開き直ってしまうと社員にもその空気は伝わるものです。


オープンまでに何とかすればいいという投げやりな空気。

原因のわからないバグへのいら立ち。


いくら調査しても「はい」しか言わないこのゲーム機は、いつの間にか社内で。

「はい」を保証する機械、なんて呼ばれるようになったそうです。

わざと「はい」では意味の通らなくなる質問をしてみたり、「はい」にかけたダジャレを謎々にしてみたり、ふざける社員もいたらしいです。


ですがある日、一人の社員が冗談めかしてこんなことを聞きました。。


「なぁおい、どうしてお前は『はい』以外答えてくれないんだ?」


当然、機械からの答えは「はい」で、彼らはそれを聞いて笑いあうつもりでした。

しかし。


「タニ、ンニナヤミヲハ、ナスニンゲンハカイケツシ、タイノデハナクキョ、ウカンドウイヲエタ、イカラニスギ、ナイカラ、デス」


機械は久しぶりに「はい」以外の返答をし、それを聞いた社員たちは青ざめました。


「ワタシ、ニヘンナ、シツモンヲス、ルノハワタ、シガハイトコタエ、ルノガオモシ、ロイトオモッテ、イルカ、ラデス」


機械の答えは適切でした。

そのカタコトな口調を除けば、人間が話しているのかと思うほどに。


この薄気味悪い出来事は社長の耳にも届きました。

俄かには信じがたい話ですが、社員たちの青ざめた様子からとても嘘を言っているようには感じられません。


おりしも、当てにしていたテーマパークから、近隣住民の反対と環境保護の観点から開発計画の中止の連絡が入りました。

幸いにも同時に、人工知能開発のうわさを聞き付けた企業から会社丸ごと吸収の話が降ってきたため、社員一同が路頭に迷うことはありませんでしたが、ほとんどの社員が口をそろえて「あの機械を保管しておくのだけは勘弁してくれ」と社長に直訴したので、こっそりとテーマパークの開発予定地にあの機械は投棄されてしまったそうです。


それからしばらく経って、あの機械を開発していた会社のメンバーはみんな散り散りにどこかへ行ってしまいました。

社長だった人も、その場しのぎを繰り返す性格が災いして、いくつかの大きなミスを犯してどこかへ飛ばされてしまったとか。

今ではあの機械について詳しく知っている人は一人もいません。


あの「はい」を保証する機械は、今でもテーマパークの跡地に残っているのでしょうか。

今でも質問したら、「はい」と答えるのでしょうか。


人間の悩みを内心で嘲笑いながら。

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