世界平和チャンネル

「死ぬほどつまんねぇ」

観ていたバラエティ番組を消して組んでいた足を崩して仰向けになる。

今年で25歳になったヨツバは既に人生に絶望している。

人生に絶望はしているが、今までの人生が酷いものだったというわけではない。

中高とそれなりに勉強して、なんとなく入ったテニス部でそれなりの記録を残し、それなりに頭の良い大学に入り、それなりに良い会社に入社できた。

友達もいた。クラスでも人気はあった。容姿も悪くはないと思う。

バレンタインのチョコは年によってばらつきがあったものの毎年貰えていたし、彼女だって大学卒業までずっと誰かしらと付き合っていた。

自慢できるところがあるとすれば、それは正義感が強いということだ。

間違っていると思ったことは違うといい、正しい行動をする。



けど、彼の心は満たされることはなかった。

彼にはこれが生きがいだとか、あれだけがないと生きていけないとか、そういう情熱を持てる物がただ一つもない。

常に心はエンプティランプが点灯しているため、色々な物に手を出してはみたもののどれにも興味が出ない。

当然好きな芸能人、好きな食べ物、好きな音楽などもない。

その代わり嫌いという感情も湧かないので、良く言えば広く浅くと言える。

広すぎて、浅すぎる。

そのせいもあって、友達からも歴代の彼女からも"つまらない男"というレッテルを貼られ徐々に付き合いも疎遠になっていき誰からも連絡はこなくなった。


酷い話だとヨツバは思う。

向こうから友達になろうと言い出してきて、遊びに誘われたら用事がなければ必ず参加していたし、色々な場所に行きたいという彼女のために必要でもなかった車の免許を取りに行って、欲しいと言われた高級なブランド品もバイト代で買った。なのに「あなたといると刺激が足りない。別れよう」と言われた。

この言葉を歴代の彼女、その数七人全員に告げられた時はドッキリかと思った。

以来ヨツバは誰とも付き合うことはしないと誓った。


入社してからもそつなく仕事をこなし上司からは信用もされ、給料もそれなりに良いので一人暮らしをしていくには不自由はなかった。

だがヨツバは金にも興味がない。

生きていくのに必要なものは買うがそれ以外に全くお金は使わない。

服は大学時代に買ってから一度も服屋に行っていなくて、服のスタイルも店員さんがオススメしているマネキンに着せられたものを上から下まで全部買ったものだ。

家具は新生活にオススメと言ってきた愛想のいい男がいた電化製品の店で買い揃えただけなので、部屋の中には必要最低限の物だけがある。

その中でテレビは必要ないと言ったが、絶対いりますって~と言われ渋々購入したが案の定観た回数は両手で数える程で少し後悔している。

パソコンは個人的にはいらないのだが、仕事で使うので仕方なく買った。

食べ物も何が食べたいとかが一切皆無なので、母から貰った料理本に載っている料理を日替わりで作り、疲れた日はインスタント食品で済ます。

趣味もないので、せっかくの土日や大型連休も何もしていない。

ただ体を動かすのは個人的に好きなので筋トレだけは時間があればやっていたおかげで、ジムにも行ってないのにかなりムキムキの肉体に仕上がっている。中学からの努力の賜物だと自負している。別にムキムキになる必要などないのだが、自然と体が変化していくからこればっかりは仕方ない。

体を動かすのが嫌いだったら恐らく瞑想でもして悟りを開いていただろう。


「こう…どうしてだろう…。どうして人は変わらないのか」とスマホのニュース速報を見て大きなヨツバは溜息をついた。


女性が何者かに腹部を刺されて重体。犯人は見つからず逃走中。


「はぁーーーー」


溜息が止まる前にテレビを点けて、さっきまでかかっていたバラエティ番組からニュース番組に切り替える。

当然ながら同じ内容が報道されていた。その後にもニュースはいくつか流れたが、どれも連日報道されているものばかりだった。

政治家の不祥事、上手くいっていない国交関係、中東の内戦、ヨーロッパのテロ。


本当に不思議に思うが、どうしてこう毎日何かしら事件が起こるんだろうか。

テレビで報道されていないだけで、小さい事件や何かしらの問題が起こっている。

窃盗、暴力、いじめ。

数え上げていったらきりがないがわかることは一つ。


「どうして平和に暮らせねぇんだろうな、人間は」


ヨツバは殆どのことに関心を持たなかったが、唯一彼が関心を持っている、というか願いでもあるのだが、それは人間はどうしたら仲良く暮らせるのかということだった。

人間というのは完璧に見えて不完全な生き物で、本来は仲良く暮らしていける能力を持っているにも関わらずどこかしらイレギュラーな人間が沢山いる。

それを意識しだしたのは保育園のころ。


砂場で遊んでいた女の子に向かって、後ろから近付いてきた男の子が背中をどん!と押した。勿論女の子は泣き出し、男の子はそれを見てキャハハと笑っている。それをヨツバは見ていた。何故そんなことをするのか、そんなことをしたら女の子が悲しむに決まっているということはそれぐらい幼くても理解はできる。

だからヨツバはその男の子を叩いた。

力は昔から強かったので、数回殴ったら男の子は泣き出した。

女の子と男の子の鳴き声が先生たちに聞こえたのか飛んでやってきて「どうしたの?」と彼らに問いかける。

女の子はずっと泣いていたが男の子は「ヨツバくんがぼくをたたいた」と先生に言うとヨツバに「そうなの?」と聞いてきたのでヨツバは答えた。


ひとりであそんでいたあかりちゃんをだいきくんがおしました。わるいことだとおもったのでぼくはだいきくんをたたきました。


淡々と答えたヨツバの目は真っすぐ先生を見つめて、真実だけを述べた。

先生は困った表情をしていたが、周りで見ていた子たちも「だいきくんがだめなことをしてあかりちゃんをなかせました」と後押しをしてくれたので、ヨツバが怒られることはなかったが、先生に褒められることはなかった。

どうして自分は正しい行動をしたのに褒められないのか、周りの子たちは自分をチヤホヤしてくれるのに、泣いていたあかりちゃんからもお礼を言われたのに。

その答えは大人になった今でも理解できない。

自分は正しいんだと、間違った行動はしていないと。


それからもヨツバは正しいと思う行動をした。

そのせいで小中高大は特に苦労したのを覚えている。

掃除当番をサボって遊んでいるクラスメイトを殴り、何もしていないのに根暗だからという理由だけで面白おかしくからかっていた奴らをぶん殴り、友達が他校のやつらにカツアゲされたというのでフルボッコにしてお金を返してもらい、未成年なのに大学で飲酒や喫煙をしていた学生を病院送りにした。

全部正しいことだと思う。

輪を乱す人間やルールを守れない人間は多かれ少なかれ問題を起こす。

それを阻止するために行動しただけだった。

ヨツバの行動を見て好いてくれる人はいっぱいいたが、中には真面目ぶってんなよと言われたことがある。

勿論そいつらにも制裁は加えたのだが、それよりも異常だと思ったのは真面目ぶるという表現だった。

真面目ぶってるんじゃなくて、ただ真面目に生きているだけなのに。

ほとんどの人が自分を正しいと思っている。それが答えじゃないのか。

そう思っていた。

今思えば友達付き合いが疎遠になったのはこのことも関係しているのかもしれない。それでもお前は間違っていると言われなかっただけマシなのかもしれない。


そういう過去もあってか、ヨツバはこの何も変わらない世界に対してうんざりしていた。いくら自分と同じような人間がいたとしても、そうでない側の人間がこの世界から完全にいなくなることはないのだろうと思うと気が滅入る。

現に今勤めている会社内でも仲間はずれみたいなものはある。

そういうことをされる人間が悪くないとは思わないが、なぜわざわざ仲間はずれにしてしまうのか。そうすることによって起こることが大人になってもわからないやつはわからないのだと最近気づいた。

さすがに会社内で暴力沙汰を起こすと生活に支障が出るのでしていない。


「誰かこの世界を正しい方に導いてくれ」


ニュース番組を消して寝ようと思ったらパソコンに一通のメールが届いた。

とりあえずパソコンを開いて誰からか確認しようと思ったが、会社の人にしかパソコンのアドレスは教えていないのですぐに仕事のことだと思った。

一週間頑張って明日から土日で仕事が休みだというのにメールを送ってきた先輩に無性に腹が立ってメールは無視した。

せっかくパソコンを開いたのに何もしないのは嫌だったので、今まで見たことなかったYouTubeをなんとなく見ようと思ったが全く興味をそそられる動画はない。YouTuberとかいう人達が見たこともないのにオススメ欄に大勢いた。~をしてみたとか色々な商品の紹介とかやっているらしく、それで数億稼いでいる人もいるそうだが、まぁそのブームを終ってしまいそうな気がする。

それでも今の時代YouTuberはたくさんいて、たくさんの人に見られている。

不思議と需要があるもんだとヨツバは思った。

特に見たい動画はないが検索欄があったので、「平和」と検索した。

核廃絶を訴える高校生の動画や平和についてラップをするYouTuberなど色々出てきたが興味は出なかった。

画面をスクロールして最後まで見て、そのページに興味がなければ次のページに行くという感じで見ていった時だった。

四ページ目の最後に目を引く動画を見つけた。


「・・・・・・なんだこれ」


真っ黒に塗りつぶされた背景のど真ん中に、明朝体の赤文字で死刑と書かれているだけだった。投稿者の名前は世界平和チャンネルというなんだか胡散臭い物だし、動画のサムネイルはとても不気味で見た瞬間寒気がしたが、何故か異常なほどに興味を惹かれた。


再生回数はゼロ回。

ヨツバの手に握られていたマウスは自然と動き、その動画をクリックした。








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死刑姉さんと後処理オジサン 福尾 露伴 @Rohan-Fukuo

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