愛を保証する機関

ばね

「愛を保証する機関」

これは、私が大学の先輩から聞いた話です。

といっても、先輩もお友達から聞いたそうなんですが。


ある場所に、「愛を保証する機関」というものがあるそうなんです。


そこには、愛に対して不安を持つ人がこっそりと、しかし沢山訪ねてくるらしいのですが、不思議と騒ぎになることはありません。

その機関が行っていることというのは、愛を保証する「だけ」。


「妻は私を本当に愛してくれているのでしょうか」

「お父さんは僕を本当に愛してくれているのでしょうか」

「先生は本当に子どもたちを愛してくれているのでしょうか」


それらの問いに対して、その機関が返す言葉はたった一つ。


「はい」


それを聞いた人々は、みな一様に安心して、安らかな気持ちで帰っていくそうなんです。

不思議な話ですよね。何を聞いたって、返ってくるのは「はい」のひと言なのに。


先輩のお友達(仮にAさんとしておきます)はそれほど好奇心旺盛な人ではないのですが、その噂話を聞いた時、丁度彼氏さんとの関係に悩んでいたそうで、この「愛を保証する機関」に行ってみようと思いました。


「愛を保証する機関」があるのは、S県北西部の山中。

かつてテーマパークを作る計画があったとかでいくらか整備がすすめられたものの、近隣住民の反対と環境保護の観点から中止となってしまった場所の跡地だとのことでした。


車の免許は取っていたものの、薄暗くガードレールもない山道を運転する勇気もでず、Aさんは登山道から脇道へそれてその場所へ向かったそうです。

Aさんと同じように、徒歩で来た人が通ったことでうっすらできたけもの道を、やっとの思いで登っていきます。

道中何度も「こんなことをして意味があるんだろうか」「でも彼との関係がどうなるのか不安が拭えない」という自問自答を繰り返しながら、けもの道を小一時間ほど進むと、少し開けたところに出ました。


整備が進んでから計画中止になったという噂通り、辺りは少し木が伐採され、うっそうとした森にあって明らかに一度人の手が入った様子だったそうです。

広場には不法投棄と思しき冷蔵庫やなんだかわからないオブジェ、明らかに壊れているバイクなどが転がっていて、山の中で静かなこともありかなり不気味な雰囲気だったとのこと。


そんな投棄物に紛れた奥の方に、問題の「愛を保証する機関」がいるとされる小屋があったそうです。

プレハブ製で苔むしていて、凡そ人が仕事場にしそうな様子はありませんが、ここまで来て何もしないで帰れるわけもありません。

Aさんは内心の不気味さを押し殺して、彼との関係の保証が欲しい一心で、プレハブ小屋の扉を開けました。


小屋の中は意外にも、外の様子ほど寂れた感じではなかったそうです。

もちろん丁寧に手入れがされているわけではありませんが、床に泥や葉っぱが積もっていたり、窓が割れていたりするようなこともなく、しろいのっぺりとした床と壁、パイプ椅子が数脚あるのみだったそうです。

部屋の奥には、教会の懺悔室か刑務所の面会所のような声を通す用の穴が開いた壁があり、その前にはパイプ椅子より少し上等な椅子が置いてあったそうです。

おそらく、あそこに座って、壁の穴に向かって悩みを話すのでしょう。実際、Aさんが小屋に足を踏み入れた時には、髪の長いやせた女性が、そのようにしているところでした。


パイプ椅子の方には、Aさんより先にここへ来た人が二人ほど座っていて、どうやら順番待ちをしていたそうです。

くたびれた様子の中年男性と、制服を着た中高生くらいの眼鏡の女の子。みんな何かしら愛に不安があるのでしょう。伏し目がちで、どこか自信なさげに指先を見つめたり、ため息をついたりしていたといいます。

Aさんがパイプ椅子に腰かけ、自分の番を待ち始めた後にも、同じように迷いを抱えた様子の人が入ってきたそうです。


少し待つかな、と思ったAさんでしたが、意外にもすぐに順番が回ってきたそうです。

みな、自分の番が来ると二言三言ぼそぼそっと壁の穴に向かって話し、向こうから返ってくる「はい」という言葉を聞くと、満足そうに、どこかホッとした表情を浮かべながら小屋を出ていきます。五分もしないで、Aさんは壁の穴の前に座っていました。


「えっと…その…彼は、本当に私のことを愛してくれているのでしょうか」

「はい」


Aさんの質問に対し、壁の向こうの何かは淀みなくはっきりとした口調で断言しました。

一体、素性も事情も知らない者になぜそんなことが保証できるのでしょうか。

こうして話を聞いているだけの私たちはそう思うかもしれませんが、Aさんはその確信に満ちた力強い肯定の言葉に、ふっと心が軽くなり、言い知れない安心感を覚えたそうです。


Aさんは、後ろで待っている人のこともありそれ以上尋ねることもせず、静かに小屋を出たとのことでした。


それから一年後。

Aさんはあのとき「愛を保証する機関」に愛情を確かめた彼と結婚することになりました。


結婚式に出席した先輩の話では、幸福感いっぱいで、素敵な二人だったとのこと。

その後も二人は仲良く、特に大きなけんかをしたという話もなく、円満な家庭を築いているそうです。


例の機関の保証は、やはり正しかったということでしょうか。

今もまだ、悩める誰かの愛を保証しているのでしょうか。


もしあなたが誰かの愛の確かさに悩んでいるのなら、「愛を保証する機関」を訪ねてみるのもいいかもしれません。

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