化物表裏一体紙一重
ネギま馬
小木一郎の手記
自分でも時々、なんて惨めで寂しい人生なのだろうと大声で嘆きなくなるときがあります。実際、私自身は妻も子供もおりません(まだ持つこともできない年齢でございまして)、それどころかともに青春を語り合う親友または友人とやらを持った記憶が私にはありません。私の人生はそれほどまでに惨めで、寂しいものになっていたのです。
しかしながら、決して私は一人ぼっちであったわけではありません。私はそれなりに平凡で会話もこなすことはできていたのでクラスメイトから忘れ去られることはなく、舞台で例えるとするなら一言だけのセリフを与えられるクラスメイトAくらいの役柄はもらえているのでした。
平凡の極みと自称している私ですが、少しばかり周りとは違う特異なものがありまして。
それが我が腐れ縁、氷見 康太の存在であります。康太とは幼稚園(少し前に確認したところ保育園からでした)から私が高等学校に入学して離れ離れになるまでをともに過ごしました。彼は誠に化物じみていて(私の語彙では化物としか評する他ないのです)周囲の人からはまるで目の上のタンコブとでも言うかのように距離を置かれ小学校の担任は「お前は気持ちが悪い、あっちへ行きなさい」と吐き気を催したかのように口元を手で抑え、青ざめた顔面でそう言い放ったのです。
実際に私自身から見ても康太は誠に不気味でして、小学生のある日、いきなり奇声をあげたと思えば教室の窓(この時の教室は三階にありました)から飛び降りて全治六ヶ月の大怪我を負いました。またあくる日にはいきなり、冬になって封鎖された、藻が水面を覆い尽くしているプールに飛び込みました。
常人ならばとても素面ではできないそれを、彼は素面でやってのけるのです。
そんな彼の家庭は意外にもしっかりとしていて、彼の父親は私たちが住んでいた県では有名な歌手であり(私は音楽に疎いもので、名を聞いたことはございませんでした)、母親はとある大学の博士号をとった博識な方で、いつも我が息子を第一に考えている理想の母親像の体現ではないかと錯覚させるほどに完璧な方であります。そんな恵まれた家庭で育った彼はもちろん地底に沈んだ才能の芽を開花させることになるのですが、それはまだ少し先のお話です。
そんな彼とクラスが離れると言うことは決してなく、その化物と一緒にいると言う理由で私も敬遠される対象となっており、彼と友人ごっこをする他なかったのです。
そして、志望校が彼と違ったときには私は一人、部屋の中で何時間も歓喜の海に溺れていたりしました。私にはそれほど彼が不気味で、気持ちの悪い異形の者にしか見えなかったのです。私は志望校に無事合格し、晴れて彼と別々の道を歩むことになりました。高校では一人にならぬよう、気合いを入れていたのですが、人付き合いというのは何年も化物の彼と一緒にいた私にとってとても難しいものでして。
「あのドラマの俳優、すっごく格好良かったよね」
私はそのドラマを見ておらず、ただ適当な相槌を打っているばかりです。彼と一緒にいた私には、そんな清潔な恋愛ドラマを見るほどの勇気はなく、彼がよく見ていたスプラッター映画を貪るように見ていました。
「あっちのカフェのパンケーキが美味しいの」
私には食の関心がなく、適当な相槌を打ちます。彼と一緒にいた私には、そんな色とりどりのパンケーキを眺めて楽しみ、食すほどの余裕はなく、彼がよく食べていたカエルの干物を少しばかり齧りながら家に引きこもっていました。
結局、彼ら人間と話が合うことは全くなく、逆に化物と気味悪がられていた彼のことを恋しく感じ始めていました。私は必要な時だけ話しかけられる舞台の脇役と化していました。
そんな地獄のような一学期が終わり、やっと一人きりでの生活が営める夏休みになりました。私は一人を謳歌しました。一人に慣れすぎて自分のイチモツに名前をつけて一人で会話をしていたほどです。
夏休みを謳歌して、そろそろ宿題を終わらせなければいけない時期になったある日、私は山へ昆虫を捕まえるために駅へと向かいました。ホームで電車を待っていたところ、私は異世界につながるゲートでも確認したかのように口をあんぐりと開けて、目を点にしていました。
そこには腐れ縁、氷見 康太がいました。あまりの嬉しさに私は突飛ながらに彼の肩を叩き、「ヤァ」と嬉々とした橙色の声を発したのです。そのことに彼はびっくりしたのか、ピクリと肩を震わせてこちらを振り向きます。
なんだか私は彼に理解不能な違和感を感じました。
「なんだ、一郎じゃないか」
彼は私にそう言いました。どうせ、何かの間違いだろう。そう考えまして、彼との久しぶりの会話を楽しもうとしました。
しかしながら、私の感じた違和感は当たっておりまして。
「そういえば、君の家の近くに新しくカフェができたらしいじゃないか、今度一緒に行こうよ」
私は唖然としてしまいました、首筋にひやりと冷たい汗が流れて、あまりの恐ろしさに歯がガタガタと震えました。何を言い返せばいいのかわからず、私は一言だけ「あぁ」と震えながら相槌を打ちました。
それから私の家から徒歩五分(こんなところにカフェがあるなんて知りませんでした)、彼となんだか居心地の悪い会話を楽しみました。かつて異形の者としてあしらわれていた彼は、高校に入ってはすっかり人間になりまして、最近では高校生のフォークソンググランプリという大会に出場し、見事グランプリを獲ったと自慢げに話していました。
彼と別れ、どうすればいいのかわからなくなった私は一人、ふらふらとおぼつかない足で帰宅し、自室で一人、自慰に励みました。本当にどうすれば良かったのかわからなかったのです。
夏休みの宿題も手につかず、夏休み明けの浮かれたクラスの雰囲気で一人、担任に怒りの鉄槌を食らわされました。それだけならば良かったのです。
それからというもの、私が言葉を発するたび、周囲の人が私から離れて行くようになりました。私はその理由を知る余地もなく、ひたすら友好を築きたいと願いました。
それでも結局、私の周りは本当に用事がある時だけ、話しかけるだけの存在になりました。見事に私はクラスメイトAになりました。
そんな中、私に特別良くしてくれたクラスメイトがいまして、名を神永 豊海と申します。豊海は私に仲良く、友人のように接してくれました。そんな彼に私は依存するようになりました。
しかしながら、豊海との友情は脆く、割れかけのガラス板を思わせるほどでした。それを決定づけた瞬間がありました。あれは下校途中、彼と並んで帰っている時でした。
「なんだよ化物、俺に近づくな」
彼は大層気味悪そうに手で口を抑え、吐き気を催したように青ざめた顔面をしてました。私には彼の言っている意味がわからず、「どういう意味?」と疑問を返してみました。
「どういう意味って、お前、だったらなんで先生に怒られているときにあんな気持ち悪い笑顔をしていたんだよ」
彼は本当に気味が悪かったようで私から十歩ほど離れていきました。その彼の言葉が分かった時、私はとても可笑しくて腹がよじれ、ネジ切れるのではと危惧するほどでした。
彼に言われて初めて気がついたのです。常人は叱られて笑いません、スプラッター映画を好んで見たりはしなません、カエルの干物を齧ったりしません、自分のイチモツに名前をつけたりなんかしません。私はとっくのとっくに化物だったのです。
ではいつから? 答えは簡単でした。最初っからだったのです。私と離れた康太が突然人間になってしまったのも、私と一緒にいた時、とても気味が悪かったのも、全部。
私が最初っから化物で、私の隣に康太がいたからなのです。
私はもう可笑しくて、奇声をあげながら走り出しました。口は開けたままによだれを汚く垂らしながら、下の二つの穴から排泄物を垂れ流しながら私は走りました。ドアを開けます。下着は着替えません、自室に飛び込みました。あまりの興奮に胸が高鳴っています。机においてあるペンを握りました。
──そして私は今、こうしてこの手記を書いているのです。
化物表裏一体紙一重 ネギま馬 @negima6531
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