双子の意中の相手について

姫井珪素

双子の意中の相手について

 双子の違いについて――大学の論文で書いてやろうかと思って辞めた。真面目に書いてもいいけど、論文じゃなくてラブレターになってしまいそうだったから。


 ユリハと私は一卵性双生児。つまりは、完全な分身だ。好きな食べ物、好む音楽も同様で、歩む道さえおのずと一緒だった。ただ単に学力も同じ位だったという話ではあるけど。


 そんな私達の道が二つに分かれたのはいつなのだろう。


 親でさえ見分けられない私達を見分けられる『彼』が現れたことで、事態は少しばかり変わってしまった。大学の准教授。若くしていくつもの論文を表彰されてるホープ。このまま行けば最年少最短で教授の座に着くとまで言われているエリート。


 彼は誰にでも優しいのかと思えば、何故だか私にだけ冷たかった。


「……何だ、キミか」


 ユリハが一緒だからという理由で同じゼミに入った。人気のゼミだったけれど、特に人数制限は設けられていなかった。


 彼と私は何故だか二人きりになることが多かった。


「また一人なのかね?」


「だから、何?」


 対して歳が変わらないことと、特に注意されないこともあり。二人きりだとため口で悪態を吐いた。だけど、それが彼にとって――変な意味ではなくて心地良かったらしい。


 色目を使われることはあっても、敵意を向けられたことは教鞭を執ってから一度たりともなかったから新鮮だ、と。


「友達はいないのか」


「いるけど、一人の方が楽。そういうあんたは助手とか取らないの?」


「一人で研究する方が効率的だ」


「……はぁ」


「ちっ」


 変な所で意見が合ってしまった。


 彼は、ユリハのことが好きらしい。純真無垢で計算された美しさが云々かんぬん。理屈を捏ねて捏ねて捏ねて。日本語が足りなくなったら英語で、英語で語り尽くしたらドイツ語で、イタリア語でロシア語で。時には造語で語り尽くすコイツにドン引きする気持ちと――まぁ、わかるわぁと思う自分がいた。


 つまりは、残念ながら。互いに互いを嫌いながらも。好みが合致している。私はユリハが大好きだけど、それを共有する相手がいない。こいつも、教師という立場なので中々難しい。それも、エリート街道まっしぐら。理知的であるからこそ、情熱的に動けないとはざまぁ見ろと言わざるを得ない。


 だから、悪態を吐きながら。私はこいつと話すのだ。


 怖いけど見てしまう、臭いけど嗅いでしまう。駄目だと思ってもやってしまう。人間の感情はままらない。


 そして、ゼミが始まるとコイツは途端に優しい笑顔を振りまく。私にさえ――それが何か気持ち悪く――でも何故だか優越感に浸っていた。



 帰り道、ユリハと一緒にスターバックスに入った。私は抹茶フラペチーノ、ユリハはキャラメルフラペチーノを頼んだ。二人で半分こするためにいつもこうしている。


「先生と仲良いんだね」


「ユリハ、面白いことを言うんだね」


 とぼけた顔をするユリハ。


「え、何。本気で言ってるの?」


「本気だよ。だって双子だから、わかるよ。先生のこと好きなんでしょう?」


「いやいやいや」


 ナイナイナイ。それだけはない。有り得ない。天地がひっくり返っても、ない。


「その根拠は?」


「それ、先生の口癖でしょ」


「なぁっ」


 無意識に移ってたぁ! 不覚を取られた。


「根拠はあるよ。私も先生のこと大好きだもん」


「はぁ……」


 騙されてる。あの笑顔に、騙されてる。


「私はユリハが好きだからね。他の誰よりも」


「面白いこと言うね――」


 割と真剣に言ったつもりだったのだが、振られてしまった。


「そんなことも言うまでもないじゃない」


 触れた唇はキャラメルソースの味がした。

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