第9話 アンドロイドと瑛士さん。

「瑛士さん、今日はお疲れさまでした~。さすがに疲れましたね。ゆっくり眠りましょう!」


 祭りの日の夜も、瑛士とナナコはいつものように瑛士のアパートで二枚の布団を並べて寝転んでいた。

 ナナコは玄武神社では量産型女子大生モード、玄武大学ではそこから肌を赤くペイントしたような鬼の扮装モードに変形していたが、アパートに帰ってきてからはピンク髪にライトブルーの瞳のデフォルト状態に戻っている。


「そういえば、瑛士さん、お祭りの打ち上げに参加しなくて本当によかったんですか?」

「そういった会合に僕は興味がない」

「でも、別れ際にゲンブレイヴとか紗菜さんに『ありがとう』って言われたり、子供達からお手紙もらったりして、本当は嬉しかったんじゃないですかー?」

「そういうものを積極的に得ようとは思わない」

「『嬉しい』を否定はしないんですね」


 クスクス笑うナナコに、瑛士は溜め息をついて寝返りを打ち、ナナコに背を向ける。


「ナナコは瑛士さんのそういうところ、大好きですー!」

「僕にそういうリップサービスを言ったところで、何の得にもならないだろう」

「リップサービスじゃないですよぉ! それに、得がなくてもいいんです。大好きって言いたいからナナコは言うんです!」

「なんだそれは。それは何のキャラなんだ?」

「何のキャラでもない、ナナコの素直な気持ちですよぉ!」


 ナナコは口を尖らせながら、ライトブルーの瞳を瑛士の背中に向ける。


「まあ……ぶっちゃけてしまうと、ナナコも最初は『社会適合試験に合格するために高宮瑛士という人の気を引かなきゃ、どういうキャラだとこの人に受け入れてもらえるのかな?』って考えていたわけですが……今は本気で瑛士さんの気を引きたいし、心から瑛士さんが大好きなんです」

「なんだそれは……」

「さあ。ナナコもよくわかりません。でも、そうなっちゃったんですもの、仕方ないじゃないですかー」

「…………」

「ナナコ、瑛士さんのことを好きでいてもいいですか?」


 しばらく部屋に沈黙が続いた。

 瑛士はナナコに背を向けたまま小さくつぶやく。


「……勝手にしなさい」


 否定はしない瑛士の言葉が嬉しくて、ナナコはニヤニヤしてしまう顔を隠すように、掛け布団を頭の上まで引き上げた。


「じゃあ、ナナコ、ずっと瑛士さんのこと、好きでいますね」


 ナナコの中の処理情報管理システムが強制的にスリープモードを実行しても、彼女の寝顔は微笑んだままだった。



 それから数日後、ナナコは試験期間を終え、瑛士のアパートから研究所へと帰っていった。



 ある日、瑛士がいつものように下宿先アパートで午後の授業に備えて予習をしていると、部屋の呼び鈴が鳴った。


――ピンポーン


 扉を開けると、そこにいたのはピンク髪にライトブルーの瞳の見慣れた美少女だった。


「瑛士さん、また来ちゃいました~!」


 黙って扉を閉めようとする瑛士に対し、ナナコは抜かりなく足先を扉に引っ掛けて妨害する。


「も~、瑛士さんってば、冗談がキツイですよぉ。本当はナナコとの再会に感動もひとしおなんでしょう?」

「特段の感慨はないが……」


 瑛士はそれ以上の抵抗は無駄と諦め、溜め息をつきながら扉を開けた。


「君はみごとに社会適合試験をパスして、大手を振って研究所に帰ったのではなかったのか?」

「それがですね~、ナナコ的には社会適合試験で完璧なパフォーマンスを発揮できたと思っていたのですが、試験後に実施されたアンドロイドの使用感に関するアンケートにボロクソ書いてくださった方がいらっしゃったようでしてね~。ポンコツアンドロイドは要らないって、研究所と協会を追い出されちゃいました……」


 涙目のナナコは、拗ねた顔を瑛士に向ける。


「瑛士さん! どういうことですか~!」

「ほう。追い出されたのか。だが、あのアンケート項目は、アンドロイドとの一か月の生活について説明するのには不十分だろう。他のアンケート様式ならば、違う結果になったかもしれないな」

「あれあれ? それってもしかして……瑛士さんはナナコのお世話に実はかなり満足だったと、間接的に認めていませんか?」

「あくまで僕は可能性の話をしただけだ」


 パアッと輝く笑顔になるナナコを、瑛士はぴしゃりと遮った。ナナコは再び涙目になって瑛士に縋りつく。


「瑛士さん、そんな意地悪言わないで、ナナコを助けてくださいよぉ!」

「何を助けろと言うんだ?」

「ナナコ、研究所を出されてしまったので、これからは自分のメンテ費は自分で稼がないといけないんです! だから、居酒屋さんでバイトを始める予定なんですが、ナナコは身寄りもなければ、雨をしのぐ家もなく……」

「は……?」


 嫌な予感に、瑛士の顔が引きつり始める。


「瑛士さん、同棲しましょ! ナナコ、また一生懸命お世話しますからぁ!」


 ライトブルーの瞳を潤ませながら、ナナコは甘えるように瑛士の腕を揺すった。だが、瑛士は疑惑の目をナナコに向ける。


「君、本当に研究所を追い出されたのか? より高度な社会適合試験――例えば、人間の代替労働者として使えるかの追加実験ではないのか?」

「ナナコ、そーゆーむつかしーこと、わかんなぁい!」


 可愛らしく小首を傾げるナナコに、瑛士は冷めた目を向ける。


「あれ~、おっかしいですねぇ。ナナコのデーベース的には、女の子はちょっとおバカなくらいが丁度いいはずなんですけど~?」


 相変わらずのナナコのノリに、瑛士は溜め息をついて、くるりと部屋の中へとUターンする。


「瑛士さん……?」

「なんにしろ、君はどうやってでも、うちに居着くつもりなのだろう。ならば、これ以上の対話も時間の無駄だ。勝手にしなさい」

「キャ~! 瑛士さん、愛してますぅ!」


 そろそろ初夏の暑さも厳しくなる季節。


 暑苦しく抱きついてくるナナコは、瑛士にとって不快なはずだった。しかし、慣れの問題なのか、引き剥がすのも手間なのか、瑛士はされるがままになっている。

 そんな自分の状態を少々不思議に思いつつ、瑛士はナナコに纏わりつかれたまま、午後の授業の予習を再開させた。


【終わり】

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