第8話 アンドロイドも祭りに燃える!

 ついに子供神輿も無事完成し、玄武神社の祭りはいよいよ明日に迫っていた。授業終わりにキャンパス内の広場に集まった祭プロジェクトチームの面々は、明日の動きについて最終打合せを行った。


「皆さん、ありがとう。ゲンブレイヴさん、ゲンブースターさん、ナナコさん、高宮くん。みんなががいたから、ここまで辿り着けたわ。本当にありがとう!」


 感謝の言葉を述べる紗菜は少し涙目だった。ナナコは照れたような笑顔で頬を掻き、瑛士はいつもどおりの無表情で、ゲンブースターは嬉しそうに尻尾を振る。

 そして、いつもはキビキビ動くゲンブレイヴは、紗菜の姿に見惚れるようにぼうっとしていた。ナナコはニヤニヤしながら、そんな彼の仮面を指先で突っつく。


「あれえ? ゲンブレイヴ、どうかしたんですかぁ? そんなにぼーっとしちゃってー」

「な、な、なんでもない! ここまで来れたことに感動しているだけだ!」


 ゲンブレイヴがそう言うと、紗菜が感極まったような顔でゲンブレイヴの手を取った。


「本当にそうね。ゲンブレイヴさん、ありがとう。この前、遥香ちゃんを守るための毅然とした態度、本当に素敵だったわ」

「ひやああああ!」

「ゲンブレイヴさん? 大丈夫!?」


 女の子のような悲鳴をあげたゲンブレイヴは、コントのような巧みさでベンチから転げ落ちた。紗菜が心配そうに助け起こそうとすると、ゲンブレイヴはさらに派手に転ぶ。


 それを見て、ナナコは興奮気味に机をドンドンと叩いた。


「来ましたよ、ラブコメのビッグウェーブが! ねえ、瑛士さん! ナナコ達も乗りましょう!」

「知らん」

「照れなくていいのにぃ」

「照れてもいない」

「常に冷静な瑛士さんも素敵ですー!」


 ナナコはうっとりとした目で上目遣いに瑛士の顔を覗き込む。瑛士はげんなりと、癖になりつつある溜め息をついた。


 なんとかゲンブレイヴがベンチに座り直し、一同は子供神輿のルートや手順についての最終確認を行い、広場を出た。


「これでお祭りもなんとかなりそうね。皆さん、明日、よろしくね」

「任せてください! 紗菜さん、また明日~」


 南門から帰る紗菜と別れ、瑛士とナナコはゲンブレインの一人と一匹と共に正門に向かう。


「ゲンブレインは、明日はどうするんですかー?」

「残念ながら私達は学内でしか活動ができない。ゆえに、ここで待機し、キャンパス内に神輿の子供達がやってきてからの対応になるな!」


 ゲンブレイヴのこの言葉には、瑛士だけでなくナナコも呆れ顔になった。


「それはなくないですかぁ? せっかく子供達と一緒に作ったお神輿なんですよ。出発地点の神社から一緒に見守りましょうよ~」

「し、しかし……!」


 背中を丸めるゲンブレイヴに、瑛士は大きく溜め息をつく。


「その姿で学外に出られないというのなら、変身フォームを解いて、素顔で行けばいいじゃないか」


 根源問題に関わる瑛士の指摘に、ゲンブレイヴの動きがしばらく静止した。ゲンブースターはそんな主を心配そうに見上げる。


「そ……そんなの、む、無理……」

「例の二人組が学外でまた岡本さんに絡んでくるかもしれないぞ?」

「ぐ……!」

「君の熱いハートや正義の心とやらは、学内の変身フォームを着けている時しか発揮できないのか?」

「そ、そんなことは……!」

「今の君を見ていると、そうとしか見えないがね」


 辛辣で冷たい瑛士の言葉に、ゲンブレイヴは一瞬だけ後退りしたが、すぐに頭を振って一歩前に出る。


「そんなことはない! 私はいついかなる時でもヒーローだ! 私は……特救戦士ゲンブレインのリーダー・ゲンブレイヴだ!」


 ゲンブレイヴは拳を握り締めて大きく宣言する。その凛々しい姿に、ゲンブースターは嬉しそうに尻尾を振りながら纏わり付いた。


「まったく……手のかかる者ばかりだ」


 瑛士はそう文句を言いながら、ごくごくわずかな微笑みと共に溜め息をつく。ナナコはそんな瑛士の姿に、茶々を入れるのがなんだかもったいなく思えてしまい、ただ彼を見つめたまま嬉しそうに微笑んでいた。



 翌日の祭り本番の日、祭の喧騒に沸く玄武神社の境内で、瑛士は溜め息をついていた。


「僕までこんな法被姿にさせられるとは……」

「お祭りなんですよぉ? 楽しまないと損です! それよりナナコの浴衣姿どうですぅ? 惚れ惚れしちゃいませんかぁ?」


 私服のシャツとジーパンの上に「玄武大」と染め抜かれた紺色の法被を着せられた瑛士に対し、量産型女子大生モードのナナコは朝顔柄の白地の浴衣を纏っていた。茶色の髪をアップスタイルでまとめ、爽やかでありつつ大人の色気も感じさせようという作戦だ。


 だが、瑛士はいつもと変わらず冷ややかだった。


「特に何も思わないが?」

「うえええん!」


 ナナコの泣き真似を、瑛士は冷たい目で見つめる。

 そして、今日は瑛士とナナコの隣にもう一人法被姿の男子学生が立っており、そわそわと周りの様子を窺っていた。


 そんな彼らの元へ、こちらもアジアンテイストな柄のチュニックの上に法被を羽織った紗菜がやって来た。


「瑛士さん、ナナコさん、こんにちは。法被と浴衣がとってもお似合いね! あと……そちらの方は?」


 紗菜は黒目がちの瞳で、瑛士とナナコの隣に立つ男子学生を不思議そうに見つめる。その青年はボーダーコリーの犬を連れていた。


「あ、こちらは工学部機械工学科二年の佐熊浩人くんです! 今回のことを話したら、手伝ってくれることになって……っていう設定でしたっけ?」

「お、おい、設定とか言わないでくれ!」


 ナナコの紹介した青年は真っ赤な顔で慌てる。特別見た目がいいわけではないが、誠実そうな雰囲気の青年だった。


「あ、その……紗菜さん、はじめまして。佐熊浩人です。よろしく」


 そう言って、青年は犬のリードを握っていない方の手をおずおずと差し出す。紗菜は佐熊浩人という青年をまじまじと見つめると、にっこり笑って浩人の手を取った。


「よろしく、佐熊くん!」


 その笑顔を見て、浩人の顔が蒸気が噴き出しそうなほど真っ赤に染まる。手を放しても、しばらくの間、浩人は握手した時の格好でガチガチに固まっているほどだった。


「佐熊くん、このわんちゃんは?」

「ハッ……! えっと、ゲンブースタ……じゃなかった! ポチっていう名前のボーダーコリーで……。な、ポチ?」

「わふん!」


 犬は色々と心得ているらしく、きちんと「ポチ」という名前に反応を示した。紗菜がしゃがんで犬の首の周りを撫でると、ポチは気持ちよさそうに「ぐるぐる」と唸る。


「いい子ね」

「僕の信頼できる仲間なんだ」

「実は、わたしの気になっている人もいつもわんちゃんを連れて、そのわんちゃんと仲良しで、ちょっとだけ嫉妬しちゃうくらいなのよ」

「え……?」

「あ、わたし……神社の方にご挨拶してこないと!」


 紗菜は誤魔化すように早口で言うと、走って行ってしまった。浩人は目を見開いたまま、彫像のようにフリーズしている。


「うひゃ~! お二人、めっちゃいい感じじゃないですか、瑛士さん! ねえ! 瑛士さんってば!」

「痛い。いちいち興奮するはやめなさい」


 バシバシと激しく腕を叩いてくるナナコに、瑛士はげんなりとした表情を向ける。


「恋のビッグウェーブですよ! このラブコメの波にナナコ達も乗りましょうよぉ!」

「何度も言っているが、僕は絶対に乗らない」

「うええええええん!」

「泣き真似はやめなさい」


 瑛士が冷たく言い放つと、ナナコは顔を覆っていた手をどけてニコニコと笑う。


「うふふ! 瑛士さんは『可愛いナナコには涙じゃなくて笑顔が似合うよ』と言いたいわけですね!」

「は?」

「やっぱり瑛士さんはナナコに優しいですね~」

「はあ……」


 まったく挫ける気配を見せずに腕を絡めてくるナナコに、瑛士は大きく溜め息をついた。



 いよいよ子供神輿がスタートした。


 カラフルな飾りがたくさんついた、自分達自身で作り上げた神輿を、揃いの法被を纏った子供達が誇らしげに担ぎあげる。

 玄武神社を出発した子供達は市内の通りを、「わっしょい! わっしょい!」の掛け声と共に勇ましく進んでいった。担ぎ手には少年達と共に遥香も加わっている。


「もう少しで玄武大学ね!」


 子供神輿は、神社を出発して玄武大学の敷地を突っ切り、再び神社に戻るというルートをとる。神輿の周囲にはカメラを構えた保護者や氏子会関係者だけでなく、瑛士とナナコ、紗菜、浩人、ポチも一緒について進でいた。


 しかし、玄武大学の正門が見え始めると、ナナコと浩人とポチが妙にソワソワし始める。


「ちょっとナナコ、トイレ行ってきます!」

「あ、僕達もちょっと忘れ物が……」


 二人と一匹はそそくさと神輿の一団から離れ、玄武大学の一号館裏手やトイレの中に消えていった。


 子供神輿の一団はいよいよ玄武大学へと至り、キャンパス内の大通りを進んでいく。ついには、平均傾斜三十度の玄武大名物「玄武地獄坂」に差し掛かった。


「みんな頑張って! もう少しで坂を上り切るわよ!」

『わっしょい! わっしょい!』


 子供達はヤケクソ気味に叫びながら、なんとか坂を上り切った。

 そこは玄武大学初代学長像が立つ、ちょっとした広場で、いくつかベンチも置かれている。お弁当や日光浴スポットとして人気で、今日も数名の学生がたむろしていた。


 だが、そんな広場の平穏を打ち破るように、突如、怪しい影が学長像の背後から出現する。


「ぐわはははは! ガキども、よくここまで来たな! しかし、これ以上先にはこのワシが進ませないぞ!」


 子供神輿の行く手を遮るように、その怪しい影は立ちはだかった。

 それは頭から二本の角を生やし、体中を燃え滾る炎のような、あるいは血のような赤色の肌に覆われた怪物だった。獣から剥いだ毛皮を乱雑に身に纏い、手には禍々しい金棒を携えている。


「ぎゃ~、化け物! 鬼が出た~! って、あれ……?」


 悲鳴をあげかけた子供達だったが、鬼の顔をまじまじと見つめてから首をひねる。鬼の顔は全身の禍々しさに比べると、ふんにゃりとした緩い表情の愛らしい顔立ちだったのだ。


「え? この鬼、ナナコお姉ちゃん?」

「だよねえ?」

「う……」


 冷静な子供達の声に一瞬心を挫かれたナナコだったが、自分自身を叱咤するように頭を振った。一歩前へ出ると、金棒を持った手を大きく振り回しながら叫ぶ。


「ナナコお姉ちゃんではない! ワシは鬼じゃあああああ!」


 ナナコ――いや、「鬼」はそう叫ぶと、「キシャアアアアアアアア!」と奇声をあげた。


「たいへん! あれは最近、玄武の村を荒らし回っているという鬼に違いないわ!」


 ナナコをフォローするように、紗菜が芝居がかった口調で説明台詞を発した。子供達がそれに気をとられている間に、裏方を引き受けていた瑛士は野外用小型スピーカーを設置する。


「みんな、こんな時には誰を呼べばいいか、知っているしら?」


 紗菜の問い掛けに子供達が手を上げる。


「ゲンブレイン?」

「いいえ! 玄武の村の鬼を退治するのは誰だったかしら? お神輿作りのワークショップ中にお話ししたわよね?」

「あ、玄武丸!」

「そのとおりよ! それじゃあ、みんなで玄武丸を呼びましょう、せ~の!」

『玄武丸~!』


 子供達が揃って声を上げた時、裏方担当の瑛士が再生ボタンをオンにした。


「♪玄武丸~、玄武丸~、玄武の村のヒーローさ~」


 キレキレにキャッチーなヒーロー風音楽が玄武大学のキャンパスに鳴り響く。それと同時に、木の影から一陣の風のような速さで、青いメタリックなヒーローが躍り出た。


「我が名はゲンブレイ……じゃなかった、玄武丸!」


 そう言って、ゲンブレイヴは最高にキレキレのポーズを取る。ただし、今日のゲンブレイヴ――玄武丸は、いつもの青いメタリックな装甲の上に、長羽織を着込んでいた。おそらく玄武丸のイメージを付けるためだろう。


「おのれ、鬼め! 最近は村の者達に悪さばかりしているそうだな。人の迷惑になることはやめなさい!」

「いやだね! ワシは人間が大嫌いなんだ! これからも村人に意地悪してやるぞ!」

「仕方ない! 鬼を討伐するしかないようだ!」


 玄武丸は赤い鬼と対峙し、キビキビといくつもファイティングポーズをとっていく。


 そんな風に突如始まった寸劇を、子供達は一旦神輿を置いて見入り、ついてきた大人達やたまたま居合わせた大学生達も興味深げに覗いていた。そこには背広姿の萩本教授の姿もあった。


「やあやあ、岡本さん。約束通り来たよ。これは玄武丸の伝説を下敷きにしたショーなのかな?」

「萩本教授! そのとおりです」

「面白いね。子供達も楽しそうだ」


 萩本教授はニコニコと一同を見渡す。


 一同の注目の的となっている玄武丸は、「トウ!」「セイヤ!」と叫びをあげながら鬼にパンチやキックを繰り出す。そのたびに、裏方担当の瑛士は打撃効果音のボタンを押した。意外とタイミングに気を遣う作業であり、瑛士は地味に疲労を感じる。


「ジャンピングキ~ック!」

――ドスッ!

「ウギャッ!」


 飛び蹴り攻撃で鬼がたたらを踏んだところで、玄武丸は羽織の袂の中にしまっていたものを取り出した。


「くらえ! 桃の花ストーム!」

――ヒュオオオオオオ!


 必殺技風の効果音を瑛士が流す中、玄武丸は手に掴んだものを鬼に向かって投げつける。昨日、瑛士達が色画用紙を切り抜いて作った大量の花びらは、空中を可憐に舞い、花吹雪となって鬼に向かって降り注いだ。


「グハアッ! こ、これは、玄武丸が生まれた時に枯れ木が一瞬で花開いたといわれる、聖なる桃の花か~! 清らかなオーラが、ワシの力を奪っていく~! グワアアアッ!」


 芝居がかった調子で苦しげに呻きながら、鬼は地面に倒れ込んだ。動けなくなった鬼に、玄武丸は慈愛の籠った声で話しかける。


「鬼よ、どうして玄武の村でこのような非道を繰り返したのだ?」

「うぅ……。玄武の村人達が、醜いワシを嘲り笑っていると聞いたからじゃ……。それに、ワシの隠しておいた飯がいつもなくなるのは、村人が盗んで食べているからだと聞いた……」

「なに! 玄武の村人達はそんなことをしていないぞ」

「では、ワシは嘘を吹き込まれていたのか?」

「誰がそんな嘘をお前に言ったのだ?」


 玄武丸の問いかけに、鬼は震える指で初代学長像の下にいる、二人組の男子学生を指差した。


「アイツらだ! あの不細工な二人組の鬼が、ワシに嘘をついたのだ!」

「アイツらか! 同じ鬼なのに仲間に嘘を吹き込むとは許せん! 『玄武の大鬼』とでも呼ぶべき外道だ!」

「もしや、ワシの飯を奪っておったのも奴らか! 仲間だと思っておったのに……!」


 ナナコ扮する赤い鬼は、恨みの籠った目で不細工二人組――郷土史研究会の不真面目な学生・田中と吉田を睨みつける。

 一方、何も聞かされず「たまたま」初代学長像の近くにいた二人は困惑の表情だった。


「な、なんだ?」

「どういうことだよ!」

「こういうことよ!」


 素早く二人に近付いた瑛士と紗菜は、田中と吉田に鬼の角のついたカチューシャを被らせ、ドンと前に押し出した。二人はたたらを踏み、玄武丸と鬼の前に飛び出す羽目になる。


「玄武の大鬼ども! 覚悟しろ!」


 玄武丸は「大鬼」二人に対してファイティングポーズをとる。田中と吉田は状況に対応しきれず、困惑の表情で助けを求めるようにキョロキョロしているが、それが逆に「仲間の鬼を騙した外道」感をリアルに醸し出していた。


「何なんだよお前ら!」


 困惑する二人を、ナナコは口の片端を吊り上げた不敵な笑みで見つめる。


 鬼に扮する直前のナナコ曰く、「昨日、ちょっと顔を変えつつ、ついでにおっぱい大きくして『一緒にお祭り行こ?』って逆ナンしてみたら、あの二人、あっさり食いついてきましたよ~。お祭り後の夜のお楽しみを匂わせたら、今日は約束の場所に約束の時間にキッチリ来てくれてるみたいです!」とのことだった。


 玄武丸はキビキビとした動きでいくつかのポーズを取りながら、油断なく「大鬼」二人の様子を窺う。


「この二人の『玄武の大鬼』は手強そうだ……。こうなったら最終奥義を使うしかない! ゲンブースター、アレを持ってきてくれ!」

「わふん!」


 こちらもばっちり黄色のメタリックな装甲に身を包んだサポートドッグが、行儀よく返事をする。裏方役の瑛士が籠を渡すと、ゲンブースターは取っ手を咥えて玄武丸の元へそれを運んだ。


「サンキュー、ゲンブースター! くらえ、玄武の大鬼! 桃の実ボンバー!」


 玄武丸はゲンブースターの籠から取り出した、桃の実のような大きさと色の何かを、「大鬼」二人に向かって投げつけた。


「痛ってぇ!」

「ちょ、マジで地味に痛い!」


 それもそのはず、その桃は瑛士達が桃色にペイントした野球の硬球だった。

 二人の「大鬼」は、たまらず玄武丸に背を向けてしゃがみ込む。それを見て、ナナコ扮する鬼がニヤリと笑った。


「ワシも行くぞ~! ズドーン!」

『ぐわあああああああ!』


 十分な助走を伴ったナナコのヒップアタックに「大鬼」は吹き飛び、折り重なって地面に転がった。

 原則としてナナコは人間に危害を加える行動を取れない設計なのだが、「演劇に類するものであること」「怪我をさせない力加減・角度」を条件にアンドロイド制御システムが実力行使を承認したのだった。


「よし! この『玄武の大鬼』はこの地に封印することにしよう!」

「ワシも手伝おう! 人間に悪さをしたお詫びに、ワシはこれからはこの地の守護者となる!」


 地面に倒れる二人に、玄武丸は桃の花びらを埋もれるほどに振りかけまくり、ナナコ扮する鬼は勢いよく彼らの上に座り込んだ。


「グエエッ! 死ぬ!」

「な、なんだコイツ! 見た目以上に、すっげー重いんだけど!」

「むー! 乙女に対してなんてこと言うんですかー!」


 鬼――ナナコは不機嫌そうに口を尖らせる。


 だが、彼女はバッテリーだの動力装置だのを体内に積んでいるわけで、その重量に圧し潰されるのは辛かろうと瑛士だけが心の中で納得していた。だからといって二人を助ける気は一ミリもなかったが。


「これにて一件落着!」


 玄武丸が宣言すると、紗菜が手を叩いて拍手をしながら、みんなの前に出る。


「玄武丸、ありがとう! 玄武丸のおかげで玄武の村に平和が訪れました。玄武神社はこの邪悪な『玄武の大鬼』を封印した土地であり、同時に、守護者である玄武丸と改心した鬼を祀った神社でもあるのよ!」

『へえ~』


 紗菜の解説に、子供達だけでなく、ギャラリーも感心したような声をあげる。

 一方、田中と吉田はその間もナナコの重量に呻いていた。


「そ、そろそろ、どいてくれ~!」

「どうします~? 助けてあげますか、キッズ達?」


 改心した鬼――ナナコの問い掛けに、子供達は微妙な顔をした。


「う~ん。でも、あのお兄ちゃん達、神輿作りには一回しか来てなかったし~? 俺知~らない!」

「うん。俺なんか、このお兄ちゃん達の名前すら知らねーし」

「しかも来たら来たで、遥香ちゃんのこと泣かしてたし、最悪だった!」

「遥香ちゃん、あのお兄ちゃん達に意地悪されて、辛かったよな?」

「うん……!」


 いずれも少々芝居がかった必要以上に大きな声で、萩本教授の耳に届くのには十分だった。子供達は子供達で、反撃の機会を窺っていたらしい。

 結果、それまで柔和に微笑んでいた萩本教授の眼光が、急に厳しいものとなって田中と吉田に向けられた。


「なんということ……まさか郷土史研究会の身内に『玄武の大鬼』のようなメンバーがいたということかね?」

「ヒィッ!」

「ち、違うんです、教授!」

「何が違うのかね? 具体的に説明しなさい」

「い、いや、その……」


 答えられない二人の様子に、さらに教授の声の温度が下がる。


「君達を教育系出版社のインターンに紹介するつもりだったが、撤回させてもらおう。君達のような者が教育に少しでも関わることは不愉快だ」

「そ、そんな!」

「何か申し開きがあるなら、後で来なさい。岡本さんや協力してくれた皆さんと一緒にね。皆で君達の素行を検証しようじゃないか」


 教授の言葉に、田中と吉田は救いを求めるような表情で紗菜の顔を窺ったが、彼女は厳しい顔で二人を見返した。


「わたしはサークルの体裁を取り繕うためにあなた達をフォローすることはもうないわ」

「……だそうですよ、お二人さん!」


 ナナコの尻に圧し潰される二人は、精神的にも潰され、完全に地面に突っ伏した。


 萩本教授は表情を緩めて、今度は紗菜を見る。


「岡本さん、よく頑張ったね。子供達も」

「違います。わたしは段取りも悪くて……みんながいたから、出来たことです。わたしはみんなに頼ってばかりで……」


 紗菜がそう言って目を伏せると、ゲンブレイヴがガシッと彼女の肩を力強く掴んだ。


「そんなことはないぞ、紗菜さん! 紗菜さんがみんなを導いたからこそ、みんながここまで来れたんだ!」

「ナナコもそう思います!」


 瑛士も無表情ではあったが、それに頷く。

 そんな紗菜の仲間達の様子を見て、萩本教授が満足そうに微笑んだ。


「いい仲間を得られるというのも、君の力の一つだよ」

「そうでしょうか?」


 少し恥ずかしそうにはにかんで笑った紗菜の服の袖を、神輿の子供達が引っ張った。


「ねえ、紗菜お姉ちゃん、お神輿そろそろ再開しようよ!」

「そうね。行きましょうか!」

「あれ、そういえば、浩人お兄ちゃんがまだいないけど?」

「ふふ。彼はきっとすぐ来てくれるわ。ね、ゲンブレイヴさん?」


 紗菜がゲンブレイヴを見上げながら言うと、彼は慌てたように頷いた。


「あ、ああ! きっと彼はすぐに戻って来る! では、私はこれで!」


 ゲンブレイヴとゲンブースターはそそくさと去っていった。その後ろ姿を見つめながら、紗菜は優しく微笑む。


 その二人の様子を、ナナコはうらやましそうに指を咥えて見つめていた。


「あ~、ナナコ、ああいう秘密の恋人みたいな雰囲気、憧れます~。ナナコも元の姿に戻りに行こうかな~? そしたら、瑛士さん、ああいう風にナナコを見送ってくれますか?」

「君は改心した鬼の役だし、そのまま神輿についていくことになっていただろう? それに、その真っ赤な肌からいきなり普通の形状に戻ったら、さすがにおかしいと思われるだろう」

「でもでも~。ナナコも瑛士さんと秘密の恋人になりたい~」

「それより、そろそろどいてあげたらどうだ?」

「ハッ! 完全に忘れてました!」


 ナナコはようやく田中と吉田の上から降りるが、気力を無くした二人は地面に突っ伏したままだった。地に伏す二人をそのままに、瑛士とナナコは動き出した子供神輿を追って歩きだす。


「すべて瑛士さんの考えたとおりに、うまくいきましたね!」

「僕は特になにもしていない。裏方をしただけで、実際に動いたのは君達だ」

「うふふ! ナナコも頑張りましたー! あの~、もしよかったらなんですけど……頑張ったナナコにご褒美もらえませんかぁ?」

「ご褒美?」

「残りのお神輿ルート、ナナコと手をつないで歩いてください! お願いします!」


 どこかのお見合い番組の告白タイムのように、ナナコは頭を下げながら瑛士に向かって右手を差し出した。


 瑛士は、いつもだったらここで冷たく腕を振り払う所だったが、そうしなかった。彼は溜め息をついてから彼女の手を取ったのだ。


「え……?」


 ナナコが呆気にとられたように瑛士を見つめている。

 どうやら、瑛士は自分の計画どおりに役割をこなしたナナコのため、彼女の願いを甘んじて受け入れるつもりのようだった。


「え、瑛士さん……? どうしちゃったんですかぁ……?」


 ナナコが戸惑いながらも、この機を逃すまいと、しっかりと瑛士の手を握り返す。彼女の顔は、呆然、驚愕、感動、それから歓喜へと、どんどんくしゃくしゃの表情になっていく。


「ナナコ、こんな嬉しいこと、今までありません! うええええん!」

「泣き真似はやめなさい」

「泣き真似じゃありませんよぉ! うふふふふふふふ! あはははは! ナナコ、超幸せ~。あ~、でも、どうせだったらもっと大胆なお願いすればよかったです~」


 泣いたり笑ったり悔しがったりと忙しい鬼の手を引きながら、瑛士は溜め息と共に残りの祭りルートをゆっくり歩いた。

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