10
文芸部の部活仲間。それ以上でもそれ以下でもない二人の間に起こった「告白」は、ベストセラーの青春群像劇のように爽やかでもなく、運命に引き裂かれる古典劇のように切なく美しい訳でもなかった。ただがむしゃらに、精一杯の言葉で紡いだ、たった一言。
「え……」
顬まで茹だってしまったかのように熱い。声帯は上手く動かず、おろおろと慌てるばかりだった。
「深澤さんの想いを榊に教えてしまったら、その、君を取られてしまうと思って……本当に、ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて……」
そうじゃなくて、何なんだ。俺は何を言おうとした?
「私、君の口から深澤さんの事を聞いて、凄く後悔した。涙を流す君を見て、私はなんて酷いことをしてしまったんだろうって」
「天宮、それは」
天宮の表情が苦しそうに歪む。
「だってそうでしょう!? 深澤さんも君も同じ事を言うのよ。”誰よりも幸せであってほしい”って。二人共こんなにも相手の事を思いやっているのに、私は自分の事ばかり考えてた。
気づかない振りをして、本当は君に拒絶される事が怖かった。
相談に乗る振りをして、嫉妬してた。
……だから、自分の事しか考えられない私だったから、今もこうして榊を困らせてしまうのよ」
目の前の少女は、嗚咽を漏らしながら泣いていた。華奢な肩と手脚。靡く柔らかな髪。零れる、涙。今まで見たことのないその姿に、心の奥底にすとん、と何かが落ち着いたような気がした。
「なぁ、天宮。お前は自分の好意を自覚して、それを口にする気はあったのか?例え、今回の件が無かったとしても」
「言うつもりなんて無かったわよ。だって……」
頬に幾筋かの跡を残したまま、天宮は顔を上げた。
「私じゃ、榊を幸せにしてあげられない」
彼女の言う通り、俺は天宮哨子という人間を誤解していたのかも知れない。
天宮は、完璧な優等生でも、俺の前に立ち塞がる倒すべき敵でもなかった。笑い、悩み、恥ずかしがり、涙を流す、ごく普通の少女だ。自分の未熟さに悩み、選択を間違え、それでも精一杯に生きる17才。俺と同じように。
「天宮」
「……何? 」
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
「え……?」
「俺は深澤に告白できなかったことを悔やんでいるし、正直、今もまだ好きだ。
でも、天宮がこんな俺を好きだって言ってくれるなら、俺は自分の失敗を受け入れて、これからの事を考えられる。それは俺にとって凄く幸せな事だと思う。だから、ありがとう」
ぼうっとした顔で、天宮は耳まで赤くなった。あぁ、そんな顔も出来るのか。
「榊、君は本当に……」
「ん? 」
「ううん、なんでもない」
「そうか。雨、上がったみたいだな」
ふと窓の外を見ると、雨は止み、眩い日差しが顔を見せていた。一降り過ぎ去った後の、清々しい晴れ模様だ。
「帰ろうぜ、一緒に」
「……言われなくてもそうするわよ」
徐に外に出て歩き出したはいいが、何とも話題がない。それはそうだ。さっきまであんな事があったのだから。
「あっ!!! 」
「!? びっくりした……何よ榊」
「虹だ」
見ると遠くの空に、見事な虹がかかっていた。空を覆うかのような、大きな虹が。
「……急に降り出す雨の事を、
「アマミヤ、なのにか? 」
「漢字が違うでしょう。榊の馬鹿」
「わ、分かってるっつーの! 」
時に悩み、間違い、涙を零すことがあっても、彼らはこれからも未来を描く。
驟雨の後の、虹を目指して。
驟雨のあとへ 霜徒然 @shimonagi_1129
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