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荒い呼吸。普段走るなどしない天宮は、膝に手をつき、肩で息をして咳き込んだ。
「だ、大丈夫か? 」
「はぁ、はぁ、学校中探し、たのに……どこにも、居なくて……けほっ」
「なんかごめん……でも、なんで俺をそんなに探してたんだよ? 」
「っ、私が話してる途中で居なくならないで!まだ、最後まで言ってない」
勢いよく顔を上げ、艶やかな黒髪がふわりと舞う。いつも涼しげな面持ちの天宮からは、想像も出来ない姿だった。
「おぉ……で、話の続きって何なんだ? 」
「……榊」
ごくりと生唾をのむ。天宮の瞳が一際丸く輝き、小さく息を吸う。
「深澤さんが貴方に好意を抱いていたことを隠していて……ごめんなさい!」
「え、あっ……」
確かにそうだ。ずっと恋愛相談を受けていた天宮なら、深澤からの好意を榊に教えても不思議ではない。何故そうしなかったのだろう?
「そう言えば……でも、天宮の事だし”自分の好意なら自分で伝えるべき”とか”勝負が思わぬ形で終わるのは釈然としない”とか……何かしら、その、理由があったんだろ? 」
あまり上手くない作り笑いで、榊は天宮に問いかける。きっと何か理由があったはずだと、自分に言い聞かせる意味も含めて。
榊は天宮が分からなかった。これまでの彼女は、冷静沈着で大人びていて、時には榊に辛辣な言葉をさらりと投げかけるくらいには余裕に溢れていた。それが今は、明らかに切羽詰まっていて、余裕などどこにもない。
「……榊は、私を誤解してる。私は、榊の考えるほどちゃんとした人間じゃない。」
「ど、どういう意味だよ…… 」
「榊に深澤さんのことを話さなかったのは、ただ……」
「ただ? 」
「私が、言いたくなかっただけなの」
「はぁ!? 」
困惑。その二文字が榊の頭をぐるぐると支配していた。ますます意味が分からない。
「いや、その、なんで!? 」
「……」
天宮は時折口を動かしかけ、また噤みを繰り返していた。目線は下をむいたまま、落ち着かない。シャツが汗ばむのは、この蒸した部屋のせいではなかった。
「天宮」
肩がびくりと跳ねる。
「俺は現代文が苦手って知ってるだろ。そして多分、人の気持ちを汲み取るのも上手くない。何か言いたいこととか、言わなきゃいけないことがあるならちゃんと話してくれ」
ぎこちなく、でも確かな口振りで榊は言う。すぅ、と小さく息をする音が聞こえた。
「深澤さんの相談を受けている時、私ずっと彼女が考えている事が分からなかった。
”何故相手のことをそんなに知りたがるのか”
”何故相手のことをそんなに想えるのか”
苦手意識のあった恋愛小説も読んでみたけど、やっぱり何も掴めなくて。でも」
スカートに触れる手が、ぎゅっと握り込められる。
「でも、本当は全部気づいてたんだと思う。ずっと気づかない振りをしてた。私だけが」
伏した睫毛が、そっと榊の瞳を見つめる。
「私、榊のことが好きです。」
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