第5話魔王でも長く隠居してたら世間は変わっている
「どうしようか迷っているんだったら、渡した短剣を使いなよ」
短剣か……そういえばあの女が使えと言っていたか。
「それでラーナ、これはどう使えば良いのだ」
「それはねー」
気付かぬうちにラーナがそばにいた。
正直結構びっくりしたが、それを表に出さないように努める。
こいつには私の常識は通用しないようだ。
「魔力を流してぶっさせばOKだよー」
「そんなのでいいのか……それでこれを刺したらどうなるんだ?」
「それはやってからのお楽しみだよ」
ふざけるな、と思うが追及したところでこいつは教えないだろう。
「やってみるか……」
人間共が、どんな結果になろうとどうでもいい。
この短剣の効果を知る方が勝っていた。
試しに気絶している鎧女の胸元に躊躇なく短剣を刺してみた。
さて、どうなるか……。
「う、う……うがぁぁああああ!!」
鎧女が獣のような絶叫をあげる。
刺した胸元から、黒い泥が漏れ出し鎧女の体を飲み込んでいく。
「……なるほど性質変化か」
あらゆる存在が生まれながらに持つ魔法性質。
それらは生まれてから死ぬまで変化することはない。
私であっても、それを変える事は出来ない、ありえない。
しかし、目の前でそのありえないことが起こっていた。
驚愕すべきなんだろうが、ラーナのせいだと思えば納得できた。
この意味不明の存在ならばそれぐらい可能なのかもしれない。
黒い泥が鎧女の体を蹂躙していく。
この光景に嫌悪感を催す者もいるだろう。
実際私も少し気分が悪かった。
「うぉぉお……」
なんというか三百年ぶりのせいか、グロ耐性も下がっているようだった。
びっくりするぐらいだめになっていた。
二百年ぐらいベジタリアンのような生活をしていた弊害だろうか。
血とか駄目になっているようだった。
なるほどな……、なぜ魔王である私が人間ごときを殺したくないと思ったのか、無意識的にグロから逃げていたのか……。
すごい情けないな……。
魔王がグロいの苦手って、笑いものじゃないか。
魔王(笑)とか【鮮血千紅】(笑)とかなりそうだ。
吐きそうになったので、無理やり飲み込む。
そうこうしている内に、黒い泥が消えていた。
「どう? 能力が問題ならば殺さずに、その能力だけを使えなくすればいい!! 逆転の発想だね!」
いたって普通な発想だと思うが、性質変化で使えなくするとは。
思いついても実行は出来ない。
生まれながらに持つ魔法性質と、またそれに近い性質なものしか魔法を使えない。
火の性質持ちなら、雷も使えるといった具合にだ。
一応持ってない性質の魔法を無理やり使えないこともないが、格段に質が落ちる。
しかも発動に時間がかかる。
なぜなら魔法を使うまえに、いったん魔力を体の外に出しそれから、魔力に性質を変える魔法を使わないといけないからだ。
これをすることにより、私の魔法性質と相反する聖魔法を使うことが出来る。
ほんの一部の魔力性質を一時的に変えることだけでも、かなりの魔法技術が必要であり、私でもかなり難しい。
しかも必要以上に魔力を使うため、戦闘に使える代物ではない。
それなのに魔力性質を根本から変化させるというのは、私の常識では不可能だった。
それなのにこの短剣は、刺した対象の魔法性質を魔力込入者の性質にするという、私が知っている限りの魔道具の中でダントツの代物だ。
「強制的に魔力性質を変えるとはな、国宝を軽く超える代物だな」
「ぶっぶーはずれー」
ラーナが腕で×マークをつくった。
「なにがだ」
「魔力性質を変える~? その程度なわけないですー」
どういうことだと鎧女を見ると、とんでもない変化が起こっていた。
「角だと!?」
鎧女の頭か一対の角が生えていた。
それは魔族が携えているモノによく似ていた。
いや、そのものだった。
「まさか、これは……」
手に持った短剣がものすごく重く感じた。
「そう!! それは人間を魔族に変化させる魔道具なのです!」
愕然とした。
私は三百年前、世界を支配しようとした。
それは魔族の将来を考えての事だった。
どちらが正しいとか、どちらかが間違って言う単純な話ではなく。
あの大戦は、人間と魔族の生存競争であった。
どちらが生き残るか、そのために二つの種が殺し合った。
互いに互いが相いれない、理解し合えない存在だと。
――だがこの魔道具はそんなの些細な違いだと言っているようであった。
あの大戦に何の未練もない今だからこそ、取り乱さずにすんでいるが、あの大戦中に知っていたら……。
この短剣はこの世の根本をひっくり返す代物であった。
だがラーナは変わらず、平然としていた。
人間にも魔族にも興味がないのだろう、大事なのは世界を維持できるかどうかってところか。
鎧女はもう、完全に魔族となっていた。
「これで完璧だね! キミは自分より弱い魔族を従わせることが出来るんでしょ?」
たしかに私はそういうスキルを持っている。
【魔王の咆哮】自分と実力差が離れている魔族を、強制的に従わせることが出来るモノである。
「つまりなんだ、キサマがいう勇者たちを討伐というのは、殺すのではなく、魔族にして私が従わせろと言いたいのか」
「その通り。まあ別に能力が無くなるのならば、どの方法でもいいけどね」
それらを最初から説明しろと思うが、それを言っても無意味だろう。
それに殺さずに済むのは私にとってありがたい。
グロイのを見ずに済むのだから。
勇者だけじゃなくて、ここにいる全員を魔族にして私の事を漏らさないように従わせるか。
「ところで、キサマはこうなることを予知していたみたいだな」
「ん? キミがこの人間たちと戦うこと?
「ああ」
「予知なんて私様はできないよ」
「だったらなんで」
「いや、ただ単純にその人間、いや元人間になるやつらが、この森に入ろうとしているのを見たからだよー。そうしたら何時かはかちあうだろうなと」
実際その通りになってしまった。
話ながら、私は倒れている人間たちに短剣を刺していった。
鎧女の時と同じように、黒い泥のようなモノが体を覆っていった。
そんな時、ひときわ大きな魔力を感じた。
気付いた時にはもう遅かった、いつの間にか武道男の姿が消えていた。
「今のは、空間移動魔法!?」
そんな魔法をこいつらが使えるはずは。
「いやこれは【空間跳躍石(トラスタ)】か。そんな魔道具をこいつらが持っているとは」
決められた場所に限るが、習慣的超長距離も一瞬で移動することが出来る魔道具【空間跳躍石(トラスタ)】。
王族に代々伝わるような、国宝級の魔道具である。
まさかこいつらは、王族とかだったのだろうか。
だとしたら、もっと大きな騒ぎになりそうだ。
「うーん? ああ、そっかキミは二百年だか三百年死んだり隠居したりしていたんだっけ」
「……それがどうした」
「【空間跳躍石(トラスタ)】は今じゃ、そこまで高価な代物じゃないよ。魔法技術の発展によりね!! 魔法ってすげぇーー」
なるほど考えてみれば当然だな。
三百年ほど経っていれば、魔法や道具も変わってくるか。
問題なのは逃がしてしまった事だ。
そのことは私のことが広まることを意味している。
私が魔王だとバレていなくとも、魔族だという事はばれている。
人間共は私を殺そうと躍起になるだろう。
転移した場所を探ると、ここから一番近い町にいったようだった。
近いと言っても、ここから百数キロあるが。
私も今すぐ空間転移して、どうにかするという手もあるが。
そもそもなんの準備もなしの空間転移は危険だ。
安全な長距離転移のためには、転移先に魔法陣といった印が必要となってくる。
それに今更追っても、町では既に騒ぎになっているだろう。
「はぁー」
無理に執着しても損をするだけだ。
割り切らないと、被害が拡大していく可能性がある
この場所に愛着はあるが、拠点を変えた方が良いと考えた。
一旦家に戻って準備をしたらすぐに家を捨てて、この倒れている元人間、現魔族たち四体を連れて別の場所に移動することに決めた。
「その前に」
土に魔力を込め、簡易的なゴーレムを複数作り出した。
触媒を用いていないため、長期間は持たないがそれで充分だ。
そしてゴーレムたちに命令することは。
「この辺りをキレイにしろ」
この倒れている奴らによって、荒らされた森をキレイにすることだ。
もちろん木が折れたりしているので完全に元に戻すことはできない、それでも出来る限りは元に戻したかった。
「やっぱり魔王らしくないねー」
それは自覚している。
隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! @mitaku
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