第4話魔王は覚悟しておいて良かったかもしれない

 ラーナ(仮)が来てから朝日が十回ほど昇った。

 あれからラーナの接触はなく、私は悠々自適な生活を続けていた。


 とはいえ、頭の中にはラーナの言葉が残っていた。


 覚悟しておいた方が良い。


 そのため私は三百年ぶりに、軽い戦闘訓練を行っていた。

 

 仕方がないが勇者と戦ったころに比べて格段に力は落ちており。

 力を戻すには、今しばらくの時間がかかりそうだった。


 思った以上の鈍りように、少し落ち込んでしまった。


 いつも朝の土いじりが終わった後、私は森の中に入っていた。


 そろそろ良いキノコが採れ始める時期になっていたのだ。


 森は誰の手も入っていないため、獣道ぐらいしかなく、木々がこれでもかと生い茂っている。


 その木々も樹齢数百年など当たり前で、私よりもはるかに長く生きている木、それこそ樹齢千年を超えるのも何本もある。


 そのためジャイアントゴーレム並みの巨木も多く、殆ど日の光は差しておらず、じめじめしている場所が多い。


 そのため、キノコが自生しているところもある。


「ふむ、見事だ」


 お目当てのキノコが毎年生えている場所に向かうと、今年もしっかりと生えてくれていた。


「これが上手いんだよ」


 けばけばしい色味で、見た目から毒キノコだと表現しているキノコ。

その見た目通り、魔物も口にしないほどの猛毒キノコである。

 下手な魔族が食べたら、そのまま死んでしまうほどのモノであり、毒薬の材料としても使われる。


 だけども、もの凄く美味い。


 そして私には猛毒耐性があり、世界中のほとんどの毒が一切効かない。


 つまり私にとって、もの凄く美味いだけのキノコなのだ。


 来年生えなくなるかもしれないので全部取らず、持ってきたカゴにしまう。

 それ以外にもいくつかのキノコを採る。


 森の恵みを一方的に受けている身分だ。

 だからこそ無駄な採取は行わない、必要なだけ採る。

 無駄な狩猟も行わない。


 帰ったらキノコパーティーだと、ほくほくしていると――


「なんだ?」


 どこかで何か大きなモノが倒れる音がした。


 耳を澄ませると、ここから二キロほど先で巨木が倒れる音が何度もしていた。


「いやな予感がする」


 すぐさま音がする方向に向かう、数キロ程度一分以内に行ける。


 現場についた私は、すぐさま木の陰に隠れて様子を伺った。


 そして唖然とした。


「なにをやっているんだ……」


 そこには五人の人間がいた。


 鎧を着た女。

 重装鎧をきた男。

 武道着を着た男。

 アウドラ教だったかの僧侶服を着た女。

 魔法行使をサポートする服を着た女。


 そいつらが好き勝手暴れており、魔物を容赦なく殺し、好き勝手に野草などを採りつくし、そして木々を折っていた。

 そこだけいつかの戦場の様相だった。


 少し気持ち悪くなった。


 そして私が一番目を引いたのは、鎧を着た女だった。

 長い金髪をはためかせる女。

 

 人間の美意識からしたら美人と言われる部類だろう。


 だがそれは私にとってどうでもいい。

それよりも私はこの女に、どこかあの勇者、勇者ヒュケルの面影が感じられた。


 そしてその女が扱う魔法は――



 勇者だけが扱える強力な魔法。

 大戦の時に何度も見て、そして研究を行った。

 見間違えるはずがなかった。

 ということは、この女は当代の勇者か……。


 と思っていたのだが、そう簡単でもなかった。


 僧侶服を着た女も【聖栄魔法】を扱っていたのだ。

 髪色は鎧女と違っていたが、これもまた美女なのだろう。


「あの女が言っていたのは事実なのかもしれないな……」


 ラーナが言っていた言葉を思い出す。

 勇者の力を持つ者が一万飛んで八人いるということを。

 そして覚悟しておいた方が良いという言葉を。


 この女二人が姉妹という可能性も高いが、そうだとしても


「どうするか……」


 めんどうごとに巻き込まれる気はなかったし、ここで出るのはラーナの思い通りになる気がして気分が悪い。


 しかしだからといって、多くの恩恵を受けている森を容赦なく壊していくこいつらに対しての強い怒りもあった。


「ふー」


 覚悟した私は、木を切ろうとしていた鎧女の剣を指先で止めた。


「な、なんだキサマは!?」


 突然現れた私に人間共は敵意を向けてきた。

 剣を受けとめた鎧女はすぐに剣を引き、私との距離を取った。


 重装男が盾を構え、武道男が私の後ろを取ろうと動き、僧侶女と魔法女は魔法を詠唱し始める。


 全員が臨戦態勢、声をかけあわずにすぐさま動く、なかなかに統率が取れた動きだ。


 発せられる圧も中々だが、脅威に感じるほどでもなかった。


「一応忠告しておく、このまま――いや、これからこの森に一生立ち入らないというのなら、見逃してやる」


 三百年前なら容赦なく塵にしているところだが、今はそんな事をするつもりはない。


 隠居生活で残虐な魔王であった、私も落ち着いたという事だろう。


「それでどうする?」


 そのまま人間共が立ち去るものと思っていたのだが。


「なぜキサマの言う事を聞かなければならない」


 人間共は一歩も引く気がないようだった。


 おかしいな……。

 私が寛大な対処をしてやったというのに。


 もしかしたら今の格好が悪いのかもしれないな、ティシャツと短パンでキノコが入ったカゴを背負っていたら威厳も何もないのかもしれない。


「【転身】」


 角を元に戻し、闇魔法で体に鎧を着る。


 これで見た目だけは、三百年前に近づいただろう。


 ちなみに角をしまっておいたのは、生活に邪魔だったからである。


 扉から出るときに、なんどもぶつけて、体を横にして出たりしていたが途中から非効率だと考えて、しまっていた。


 とりあえずこれなら、恐れ慄き逃げ出すだろう。


「き、キサマ魔族の生き残りか!! ここで討伐する」


 ……うむ!

 逆効果であったようだ。

 どうやら私に勧告だとか、交渉の才はないようだ。


 しかし、こいつらを軽く超える圧をぶつけているというのだがな。

 愚かでなければ、自分たちと私との歴然とした実力差に気付けるというのに。

 気付いていながら、魔族を倒すという正義感がその恐怖を抑え込んでいるのかもしれないな。


――


 忠告はした、ならばもういい。


「人間共、キサマらから来い」


 魔法が飛来する。


 火炎魔法【極炎オーバー・レッド】。

 聖栄魔法【永久に栄えるオーバー・フォーバー】。

 

 どちらも魔法の中でも最も威力の高い、最上級魔法ではあるが、外側だけで中身がない。

 このような粗だらけで不完全な魔法は、


「なに!? 最上級魔法だぞ!!」


 


「まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだな。これは見せびらかしたかったのか?」


 魔法をただ習得したところで、それを真の意味で扱えるわけではない。


 最上級魔法は確かに強力で、習得難易度もとてつもない。


 しかし習得したばかりの最上級魔法より、極めた下級魔法が勝る。


「信じられないのなら、もう一度放ってみよ」


 近接攻撃の人間共が攻撃してくる。


 鎧女は剣に聖栄魔法をまとわせて攻撃。

 重装男は、盾で守りながら槍で攻撃。

 武道家は、確か【オーラ】だったかを拳にまとわせ、攻撃。


 僧侶女と魔法女の詠唱の時間稼ぎだろうが、別に私はそれぐらい待つつもりでいた。


 だから人間共の攻撃は軽くいなすだけにしておいた。


 様々な方向からの変則的な攻撃、かなり訓練を行い、実践で経験を積み重ねて成果であろう。


 ――だが、あの勇者たちには一切及ばない。


 鎧女や僧侶女が使う【聖栄魔法】はヒュケルとは同じようで、別物であった。


 同じ勇者の力でも使い手によって、ここまで差が出るとはな。


「なぜ届かない!!」

「分からないのか?」


 これは私にとって戦いではない、ただの酔狂であった。


「いくわ」


 攻撃していた人間が離れる。

 そして先ほどの最上級魔法が飛んできた。


 馬鹿正直に同じ魔法、そして同じ粗。

 そんな魔法を二度も見せられたのなら。


「こうなる」


 最上級魔法が空中で止まる。


「な!! 動け!! 動け!!」

「そ、そんなまさか……」


 魔法女が叫び、僧侶女はへたり込んだ。


 今私は、魔法を扱う者にとってもっとも屈辱的な事を行った。


 


 今やこの魔法は私のモノである。


 こんな荒業は魔法技術に圧倒的な差があって、やっと可能になる。


 その事はこいつらも理解しているのだろう。


「ほれ、返すぞ」


 空中に止まっていた魔法を返す。


 わざと当てず離れたところに落としておいた。


「あああ……」


 魔法女と、僧侶女の顔が絶望に染まる。

 見飽きた表情だ。


「うおおおおおおぉぉぉ!!」


 重装男が盾で突進をしてきたので、それを軽く受け止める。


「アトル、ソライ、テヌー、メゾ逃げろ!!」


 やっと彼我の実力差を理解したか。

 

重装男が囮になって、他のヤツを逃がそうといったところか。

――今更だな。


「バリル! お前だけを置いていくわけには!!」

「早くいってくれ!! あまり持たない!!」


 おーおー、なんともお涙ちょうだいな展開だな。


 あまりどころか、私がその気になれば0.01秒も持たないぞ。


「バリルさん!!」

「はやく……早くいってくれ!!」


 涙をこらえながら、重装男――バリルという名前らしい男を置いて、他の人間は逃げよとする。


 いや、最初に忠告したよな?

 それを受けなかったのはキサマらだからな。


 バリルだったかの盾を掴む。

 それだけで盾はへこんでしまった。


「な……んだと」


 盾ごとバリルの体を持ち上げる


「ほい」


 そしてそのまま逃げている人間たちの背中に向かって投げた。


「バリ――うッ!!」


 飛んできたバリルによって人間たちの体は吹っ飛んだ。


「ストライク」


 ゆっくりと人間たちのところに向かう。

今の衝撃を受けたのならば、しばらく動くことは出来ないだろう。


 一つも危険な時がなかったな。


 さて、どうしようか。

 殺すのが一番手っ取り早いが、それはそれでめんどうだ。


 不殺を誓っているわけではないが、こいつらは一応勇者一行なのだろう。


 ここで殺したりしたら、私の存在が漏れてしまうのではないか。

 そうしたら私の悠々自適な隠居生活は破綻してしまう。

だからといって、このままというわけにもいかない。


 ――今更ながら、そもそも私の姿が見られた時点で、逃がすわけにはいかなかったのか。

 

 あれだな、こいつらが愚かで結果オーライと言うやつだな。


 それでこいつらをどうしようか。

 

 どこかに閉じ込めるとかが一番か……。

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