第3話魔王は衝撃な、おそらく真実である事を知る

 まず自分の耳を疑い、そして次にこいつの頭を疑った。


「――なにを言っている?」

「何度も言わせないで欲しいな。


 同じことをこいつは繰り返した。


「――ふざけるのも大概にしろ」


 体の中で魔力が渦巻き、それに呼応するように、周りの空気が荒れ出す。


 私の意思一つで、多種多様の上級魔法が雨のようにこいつに降り注ぐ。


「そんな怖い顔しないでよ。一切冗談なんか混じっていないんだからさー」

「人間共の神であるキサマが、人間共の希望である勇者を倒せと――ふざけている以外のなにものでもないだろう」


 ラーナと名乗る女は、首をかしげる。


「そもそも私様は人間の神じゃないよ」

「ああ、その名を驕る者であったな」

「そういうことじゃなくてー。えっと私様はラーム・ルシェッテン・アミ・フラナ・アーナント本人、本人? 本体? 本神? まあいいや、そのものなんだけども、別に人間に加護を与えたりはしていないし、人間の味方と言うわけでもない。。むしろ変な逸話を創作したりしているから、ちょっとやだ」


 こいつの言っていることを全て信用すると、こうか。

  

 こいつは人間や魔族とは異なる存在であり、神と呼ばれるような存在ではあるが、別に人間の神、味方という事ではないのか。


こいつが【人間】と言う時、そこには愛情とか親しみは一切なく、ましてや怒りや悲しみなんかもなく、ただの空虚であった。

 魔族である私が言うのもなんだが、非人間的であった。


 人間の味方ではないという事は、本当であろう。


 だからといって、魔族と同じで敵である、というわけでもなさそうだ。


「人間共に恵みを与える豊穣神ではないということか」

「そういうことー。どっちかというと私は調和神かなー」

「調和神だと……? 確かアウドラだったか」


 世界を調和に導く神、調和神アウドラ。


 調和だとか言っているが、人間共の神だから、その調和は人間共だけの調和、魔族なき世界を創る事が目的だったか。


「あうどら? あうどら……アウどら……アウドラ…………。ああ人間共が信仰している宗教の神だっけ? あれ調和神だったんだ、へぇー知らなかった」


 その言葉に、一切嘘偽りは見つからなかった。


 人間共の宗教の中で圧倒的最大勢力である調和神アウドラ教を、純粋に知らなかった――というより興味がないのだろう。


「アウドラ教の調和がどんなんかしらないけども、私様の調和は世界の維持」

「世界の維持……だと」

「そう、私様はこの世界の管理者なの」


 こいつと話をしていると、頭が痛くなることばかりだ。


 世界の維持、世界の管理者?

 まったくふざけている。


 ――と言いたいところだが、こいつが私の常識を超えた存在であることは確かだ。

 

 人間どもの神ではなく、魔族の神でも、もちろんなく。


 世界の管理者か。


「世界の管理者が、なぜ勇者を倒そうとする」

「それは世界の維持に必要だからだよー」

「世界の維持のために勇者を倒すだと?」


 逆ではないのか?


 人間どもは勇者は世界を救うとか言っていたがする。

 それはまあ、人間どもの世界だろうが。


「そもそも勇者って、どういう奴の事を言うんだと思っているの?」

「神の加護を受け、聖属性魔法の中でも特に強力な【聖栄魔法】を行使することが出来、人間共の希望として戦う者」


 私の答えに、ラーナだかは人差し指を横に振る。


「いろいろと勘違いしているねー。勇者は別に神の加護をなんやらを受けているわけではないよ、。というより、神なんて実際にいるの?」

「キサマがそれを言っていいのか……。それよりもただの特殊能力持ちとは?」

「勇者と呼ばれる人間はね【接続コネクト】という能力を持っていて、これが問題なんだよねー」

「【接続コネクト】……そんな能力あったか?」


 勇者と魔王軍は幾度も戦いを繰り広げ、その際に多くの情報を得ることが出来た。

 しかし、勇者がそのような能力を持っているという情報はなかった。


「人間共も勘違いしていたみたいだし、仕方がないよー。それにほらあれだよ、神からの加護とか言っておいた方がネームバリューあって、戦意高揚に繋がるしー。【接続コネクト】だけに」


 つまらない冗談だ。

 だが事実ならば興味深い。


「それでその【接続コネクト】というのはどういう能力だ」

「いろいろあるけども、一番問題なのはー。

「世界への接続?」

「そう、勇者は世界に接続して世界の力を奪うことが出来るのー」

「勇者の強力な力は、世界の力を奪っているからか」

「その通り!」


 神の加護なんて、存在しているかどうかもあやふやなモノの加護なんかよりも、まだそっちの方が納得はできるな。


 【聖栄魔法】は世界の力を奪って発動しているモノというところか。


「それで世界の力を奪うとか言っても、一人が奪うとかだったらそこまで大きな問題は起きない、一人だけなら出力とか限度があるしねー」

「その言いぶりからして、今は一人じゃないと」


 私が戦ったときは、勇者は一人だけであったが、今は違うのか。

 それもありえるか。


「うん、というより勇者ヒュライ・メシャインが原因なんだよねー」


 ヒュライ・メシャイン、確か私を倒した勇者の名だったな。

 清廉で愚直なまでに人類のために戦ったやつだったな。

 人間でなければ、ぜひ私の右腕になってもらいたかった。


「そいつの何が問題だ」

「勇者の最後とかって知ってる?」


 勇者の最後か……。

 その気になれば調べることは出来たが、私は調べなかった。

 私にとってあの戦いが全てであり、終わった事だ。

 わざわざその後を調べる気はなかった。


「ヒュライはねー、いたる所で子どもをつくったんだよ。まさに種馬みたいに」

「……はあ?」

「英雄色を好む。っていうけどさー限度があるよねー。正妻である王国の姫との間に一六人、仲間との間にそれぞれ四人、二人、七人。それぞれの町にも現地妻が最低二人いて、その間にも子供がいて。私様でもちょっと引いちゃうなー」

「おお……」

「子供養育費を払うために、報奨金やらで得た莫大な財産は殆どなくなり、王国も激怒。それでも姫の夫であるため一応は許すんだけども、予定だった王様就任は無くなり、親戚筋の優秀な者が王様になる。年老いてからも城のメイドやらに手を出して子供をつくり、ついに姫の堪忍袋の緒が切れて、熟年離婚を申し立てられ追い出される」

「うわぁ……」

「その後も女のところを転々として、

「…………」


 言葉を無くした。


 引いた。

 というよりいろいろと失望した。

 

 あの勇者が、あの光り輝き清廉で敵ながら尊敬できたあの勇者が。

 性欲にかまけて、その結果情けなく死ぬとは……。


「そんな勇者ヒュケルの最後なんてどうでもよくて、問題なのはたくさん子どもをつくったという事」

「ああ、なるほど。ヒュケルのせいで、世界の力を奪う【接続コネクト】の力を持つ勇者が一人ではなく、複数現れたという事か」

「その通り!」


 親などが持っていた特殊能力と同じ力を、その子どもが使えるという事は、決して多くはないが、ある話だ。

 

 勇者ヒュケルの子ども――いや今は曾曾曾曾曾孫ぐらいか、子孫も何人か【接続コネクト】の力、勇者の力が使えるというわけか。


 世界の力を奪うそいつら勇者のせいで、世界が危険。

 だから勇者を倒してくれ。

 

――そんなところか。


「それで、その勇者は何人いるんだ?」


 私の問にラーナは平然と答えた。



 耳を疑った。


「……なんだって」

「だから【接続コネクト】を持っている勇者は、今現在一万飛んで八人いるの」


 聞き間違いではなかった。


 私は頭を抱える。


「……どうしてそうなった」

「勇者ヒュケルの子どもたちも、ヒュケルほどではないけど子供をつくっていき、その子ども同じような感じで――あれだね、ねずみ算みたいだねー。私様もびっくり!」

「…………勇者の子孫はどれくらいだ」

「正確には分からないけども、十万とか二十万ぐらいじゃないかな。約十分の一が【接続コネクト】を使えるって事だね。私様マジでピンチなの」


 一万飛んで八人の、勇者。

一万飛んで八人の、【接続コネクト】能力者。

一万飛んで八人の、世界の力強奪者。


 世界の力がどれだけあるか知らないが、一万人ほどがその力を使っていたら、枯渇するのかもしれない。


「世界の維持のため、そいつら全員を殺すと」

「全員じゃなくてもいいよ――そうだね、私様としては、二百人ぐらいにしてくれたらいいかなー」


 だとしても九千八百八人殺すということなのだが……。


 そいつらが全員、勇者ヒュンケル並という話わけではないと思うが、それでもそれなりの実力だろう。


「そもそも、なぜそれを私に頼む。キサマがやればいいじゃないかラーナ」

「むりむり、私様には無理―」


 ラーナはガキのように、首を横に振る。


 イラつき熱線で心臓のあたりを貫いたが、もちろんラーナは平然としていた。


「いきなり心臓をドキュンとか、びっくりそつ――こんな感じに、キミからの攻撃は私様に効かないけども、けども私様の攻撃もキミには効かない。というか、この世界のモノには効かないー」

「それはどういうことだ」

、別に私の方が高次元とかそういうことでもないし、私様はただの世界の管理者ってだけー」


 次元やらなんやら、言っていることはよく分からないが、こいつといくら争っても無駄という事は分かる。


 霞を殴っているようなものであり。

 逆に霞に殴られることはない。


「だからこそキミに頼みたいのよ、勇者討伐を」

「一応話を聞かせてもらったが、断る」


 もちろん私はすぐさま断った。

 

 一万だか、九千の勇者討伐など正直面倒くさいし、やる義理もない。

 そもそも今の私は世界がどうなろうと、それに関与するつもりはない。


「だよねー」


 私が断ったというのに、なぜかラーナは残念がったりはしなかった。


「まあ当然だよねー。私様が逆の立場でも断るよ、そんな面倒なことー」

「……私が言うのもなんだが、いいのか?」

「仕方がないでしょ、私様にキミを無理やり従わせる力なんてないし、頼みに対する報酬なんてモノもないしねー」


 ラーナ平然としていた。


 なにを考えているか探りたいが、そもそものこいつの思考形態が不明だ。

 

 魔王である私が言うのもなんだが、こいつの存在は異質すぎる。

 身体も精神も何もかもが、私の範疇を超える。


「――けども最後に忠告しておくよ。いくら断ろうと避けようとも、キミは覚悟しておいた方が良い」

「……それは神のお告げか」

「ただの予想だよー」


 そう言い残し、ラーナはいつのまにか消えていた。


 瞬間移動のたぐいではなく、文字通り消えたのだろう。


 ラーナがいたという証拠は一切残っておらず。

 今の一時は、幻でも見ていたかのようにも思えたが、そうではないことを私は分かっている。


「覚悟しておいた方が良いか……」


 世界の力を奪う勇者。

 


「まったく、事実ならばなんとも皮肉なことだ……」

「そおそお、忘れてた忘れてた」


 再び目の目に現れたラーナに、重力魔法を放つ。


 龍族でさえ膝をついてしまう、圧力を受けながらもラーナ平然と立っていた。


「――なんのようだ」

「そう殺気だっても意味ないよー。それで実はキミに渡しておくべきものがあったんだよ」


 そういって、ラーナは何もない空間に手を突っ込んだ。


 空間魔法も習得しているから私は分かるが、はた目から見たら、ラーナの手が消えたかのように見えるだろう。


 しばらくまさぐった後、お目当てのモノを見つけたようだった。


「これこれ」


 取り出したものを私に投げ渡してきた。


「これは」


 それは柄に見たことがない意匠が施された短剣だった。


 柄は十五センチほどあるのに、刃が三センチほどしかないので、短剣とも言えないかもしれない。


「それはどういうことだ」

「それじゃばいびーん」

「待て!」


 制止の声を聞かず、ラーナは消えてしまった。


 仕方がなく短剣を見る。


 鑑定は専門外であるため、それがどういたモノなのか分からない。

 なんらかの力があることだけは分かるが。


「これを刺せば勇者を殺さなくて済むか……分からないが一応持っておくか」


 短剣を懐に一応しまい、私は絵の続きに取り掛かろうとした。


 しかしパレットに出してあった、絵の具は乾燥して固まっていた。

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