第2話魔王というより、正確には元魔王の隠居生活は大きく変化しそう

 ある日、いつものように昇り始めた朝日を見ながら朝食を作る。


 小麦から栽培した自家製のパンを焼き、そこに焼いた卵と新鮮な野菜をはさむ。

 味付けもシンプルに塩だけだが、それが逆に良い。


 マヨネーズとかもありだが、あれ美味しいが、全てをマヨネーズ味にするため、私はあまり使わない。


 朝食を取った私は畑の作物の様子を見る。


 様々な作物栽培に挑戦しているせいか、そんじゃそこらの農家に負けないぐらいの規模の畑である。


 その分私だけでは食べきれないほど作物が取れるが、保持魔法のおかげで腐らせずに全部食べられている。

 食べ物を無駄にする訳にはいかない。

 兵糧は戦いにおいてもっとも重要なことである。


 作物や土の様子を見た後、畑に水をやり、次に鳥小屋の様子を見る。


 鳥小屋はここ二十年で作ったもので、最初は上手くいかなかった、最近だと満足できるような卵が食べられるようになった。


 鳥小屋に限らず、畑の方も最初は上手くいかなかった。

 枯らせてしまったり、ものすごく不味かったりしたが、試行錯誤の結果、品種改良など行い、自画自賛出来るほどのモノになった。


 今住んでいる家や、井戸なども試行錯誤の結果出来たものである。


 大きな倉庫には、様々な資材や食材がこれでもか詰まっている。


 ここまでするに、かなり年月が経ったため感慨深いものがある。


 ――さてこの隠居生活、毎朝はやることがあるけども、それ以降はそうではない。

 朝の日課を終えた後は、ほとんど暇になるため、私は絵を描いている。


「ここには、この色か……」


 すべて自作した画材で絵を描く。

 鳥の羽で作った筆に、野草や木の実から採取した絵の具。

 キャンバスを立て、筆を躍らす。


 隠居生活をし始めてから、描き始めたが、それなりの腕前になったと思われる。


 もちろん魔王城に仕えていた王宮画家のラブラ・ラブロスに遠く及ばないが、独学にしては十分だろう。


 そもそも描くこと自体が面白いのだから、出来はそこまで重要ではないのだが。


 誰かに見せたこともないから自己満足だ。


「ふむ……ここは何色にすべきか……」

「私は黄色がいいと思うわよ」

「黄色か……なるほど、すこし赤目の黄色が良いか。不言色いわぬいろなどの」

「ええ~~。それよりも承知色そがいろとかの方が」

「なるほどな――っ!」


 !?


 飛び退き声がした方に視線を向けると、いつの間にか誰かが立っていた。。


 腰まで伸びた絹のような金髪をたなびかせており、人間の女のように見えた。


 そう見えるだけだ。


「――お前は何者だ」


 確かに私は隠居して長い。

 だが腐っても私は魔王だ。


 


 心の中で攻撃魔法の詠唱を行う。


 敵意を向けられてはいないが、こいつからは得体のしれない何かが感じられた。


私様わたくしさまですか? そうですね私様の名前はラーム・ルシェッテン・アミ・フラナ・アーナントですよ」


 ラーム・ルシェッテン・アミ・フラナ・アーナントか、笑わせる。


「なるほど、でしたか。私のようなその日暮らしに何用ですか」


 ラーム・ルシェッテン・アミ・フラナ・アーナント、通称豊穣神ラーナ。


 人間共が信仰する神の一柱だ。


 か弱き人間が、心の拠り所とするために妄想で創り上げた、神と言う名の現実逃避。


 そのような偶像の名を騙るとは、な。


「どうやら私様の話を信じていなようですね、【鮮血千紅】【魔王】ナルツ・ディアボ・ダガラス」


 私の手から放たれた風の刃が、女の首を切断した。


 この女の正体が何であろうと、無駄な騒ぎを起こすつもりはなく、そのまま去ってもらおうと考えていた。

 

 

 

 魔王が生きていると広まれば、私の生活が壊されてしまう。

 それは避けなければならない。


 


「なぜ私の正体を知っているか分からないが、軽率な自分を後悔しろ」

「――確かにそうですねー」


 女は平然と、自分の頭が落ちないように抑えた。


 ただそれだけで切断したはずの首がくっついた。


「いきなり攻撃してくるとは、私様も予想してなかったですね。あはははは、さすが【鮮血千紅】。異名通り血の気が多い」


 さっきの風魔法で、完全に首を落としたはずだったのだがな……。


 もう一度、炎魔法でも雷魔法でも使って、目の前の女を殺そうとする気はなかった。


 


 攻撃して分かった、この女は魔族や人間――いや


 負ける気はしないが、勝てる気もしない。

 戦うだけ無駄な存在だ。


「キサマは何者だ」

「だから私様はラーム・ルシェッテン・アミ・フラナ・アーナント。人間が進行している豊穣神ラーナのモデルになったもんだよ」

「モデルだと……」

「そう、私様をモデルにしたんだろうけども、よく分からない逸話や、変な性格付けされていて私様像が独り歩きしているんだよねー。まったくぷんぷん問題だよ」


 ふざけている、こいつが話していることは一切信用できないと。

 

 しかし一笑に付すことも出来なかった。


「キサマが本当に豊穣神ラーナだろうがどうでもいいが、私を魔王ディアボと知って何用だ」

「その事なんだけども、キミが魔王ディアボであっているよね?」

「いきなりなんだ」


 失礼な奴だ。


「だって、私様が知っている魔王ディアボは無骨で巨大な角をはやして、冷酷なる微笑を浮かべ、闇のような黒きローブをはためかせているヤツだよ」

「それがどうかしたか」

「どうかしたかじゃないよー。今のキミは角がないし、大きな麦わら帽子に白のタンクトップで、タオルを首にかけた、いい感じに日焼けした、もうなんというか見るからに充実している農家じゃん! 魔王要素一切ないじゃん!」


 はあ?

 私のどこが魔王要素がない……と……。


「――まあ、二百年も隠居していたら無くなるよな」


 この格好の私を見て、魔王だとは誰も思わないだろう。


 魔王と言うより元魔王――隠居魔王とかが、私には相応しいだろうな。


 私も今更魔王を名乗る気は一切ない。


 ちなみに黒いローブは洗濯したら、色落ちしたのでタンスの肥やしになっている。


「まあいいや! それでキミに頼みたいことがあるんだけど」

「頼みたいことだと? 人間共の神であるキサマが?」

「そう、頼み事だよ」

「……いいだろう。聞くだけ聞いてやる」


 こいつを追い払う事が出来なさそうということもあるが、純粋に人間共の神を名乗るこいつが、魔王(元)である私に何を頼んでくるか興味があった。


 しかし、私はこの判断を後悔する。


 興味本位で突っ込むべきことではなかった。


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