隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

@mitaku

第1話魔王は満足したので隠居する

 荘厳であったであろう一室は、見るも無残な姿になっていた。


 大理石の床は砕かれ、ダイヤモンドの像は割れて、巨大な絵画は引き裂かれていた。


 その部屋で対峙する者たちがいた。


 白色の鎧を身にまとい、光り輝く聖剣を構える青年。


 そして、頭に無骨な角を携え、この世の闇を全て凝縮したような黒きローブに身を包んだ者。


 どちらも無事ではなく、その姿はこの部屋以上にボロボロであった。


 ここで凄惨たる戦いが繰り広げられていたことは、容易に想像できた。


「――ここまでか」


 闇が揺らぎ、そして膝をつく。


「ああ、ここまでだ魔王よ」


 青年が聖剣を上段に構えた。

その姿に一分の隙もなかった。


「ああ……隙でも見せたのなら、その喉笛に噛みついて見せたのだがな」

「キサマを相手にそのような隙は見せない」


 闇――魔王には次の一撃を防御する余力は残っていなかった。


 掛け値なしの、全魔力を使いきった。


「あらゆる策を用いたつもりであったが――万の策より、勇者である貴様を早くに始末する策を取るべきであったな……」


 それこそ、青年――勇者が子どものころに殺すべきであった。

 

 しかしそのような、仮定に意味はない。


 今の、この状況が全てだ。


「――だが、まだだ!!」


 魔王に魔力は残っていなかった。

 

 それでも己が全て、身体、精神、命、あらゆるものを魔力に変換し、全てを込めた一撃を放つ。


山さえも容易に砕く、その一撃。


だが勇者は、一歩踏み込むことで躱し、そのまま魔王の体を真っ二つに叩き切った。


「私の、負け、か……見事だ……」


 真っ二つになった魔王の体は、細かなチリとなり霧散した。


 この戦いの決着を持って、長きにわたった人間と魔王軍による血で血を洗う大戦は、終わりを告げた。






「見事だ」


 取れたてのキュウリを見て、私は満足げに微笑む。


 形も艶も、ここ三十年で一番の出来だった。


「問題は味だが……」


 軽く井戸でキュウリを洗い、かじる。


 ポリッ!


 と、小気味が良い音がして、噛めば噛むほどに味が口いっぱいに広がる。


 みずみずしさもちょうどよく、きゅうり本来の味がしっかりとあった。


「味もいい……やはり新しくした肥料が良かったのだな。これだったら生で何本もいけるな」


 己の全力をかけて作った作物に、満足した私は、暑い日差しが照り付けるなか、残りのキュウリを採取していった。


 麦わら帽子をかぶり、薄手の白いシャツを着ているが、それでもじんわりと汗がにじみだしてくる。


「もう少し、トマトは熟させた方が良いな。ナスは来週にはいいな――ピーマンもよし。明日とってもいいだろう。楽しみだ」


 採取したら、どんな料理を作ろうか、煮込み料理も良いが、最初は軽く焼いた方が良いか。


 とにかく今から楽しみだった。


 額から流れる汗をぬぐい、採取と畑の水やりを終わらせる。


 そういえば薪も足らなくなっていたな、木を少し切るか。

 ついでに野草も積んでおこう。


 体を伸ばし日の光を浴びて、今日一日の事を考える。


 ――【勇者】との戦いからおよそ三百年、【魔王】こと私ナルツ・ディアボ・ダガラスは、山奥で自給自足の生活を満喫していた。



 そもそも、勇者にやられたはずの私がなぜ、普通に生きているのか疑問に思うだろう。


 その説明はそんなに難しくない。

 

 今から二百年前、つまり私こそ魔王ディアボが勇者にやぶれてから百年後、私は復活していたのだ。

 私を復活させたのは、魔王教だかよく分からない人間たちの組織によるものだった。


 そいつらは、腐敗した貴族やらが支配するのではなく、魔王が支配することこそ正しいのだなんやらと、ほかにもいろいろと大義名分やら恨みやら、正当性やらを言っていたが、聞き流していたため、あまり記憶に残っていない。


 とにかく、私に世界を支配して欲しいと持ちかけてきた。


 私が魔王として人間たちと戦ったのは、世界を支配するためであった。

そのために魔族を率いて戦争を行った。


 だからこそ、その人間たちはそう持ち掛けてきたのだろう。

 

 人間たちが私を利用しようとするのも、気に食わなかった。

 

 しかし、それ以上に私の中には世界を支配しようとする気持ちがなかった。


 


 私の野望を阻止し、我の命さえ奪った勇者やその仲間、そして人間たちに対する怒りや恨みは全くなかった。


 己が全てを尽くした、全力で予想して、全力で策を考え、全力で部下たちと話合い、全力で実行して、全力で戦った。


 こうすれば別の結果になったのではないかと、考えたことはあった。

 しかし、それは後悔ではない。

 私はその時やれると考えたことは、やり切った。


 文字通り、己の全てを使って戦った。


 その結果が、敗北だった。


 ならば私は粛々とその結果を受け入れよう。


 悲しみや、怒りや、嫉妬、恨みは私の心にはない。


 やり切った私の心は、充足感でスッキリとしていた。


 

 

 私を倒した勇者たちも亡くなっており、今更もう一度世界を支配しようだとか、表舞台に立つつもりは一切なかった。


 魔王教とかいう組織を軽く壊滅させた私は、そのまま隠居するように、人が一切来ないアーバス山の奥深くで住居を構えた。


 ――それから二百年の月日が経った。


 あらゆる攻撃魔術を用い、敵対するモノ全てに恐れられ、戦場を血に染める様から【鮮血千紅】とまで言われた私だったが、攻撃魔法はここ八十年一切使っておらず、使ったのも高いところにあった果物を落とすために下級魔法を使ったぐらいであった。


 最近は戦場ではなく、服を木の実とか花で染めている。


 進軍経路や防衛方法、兵糧の確保などに頭を悩ませた、あの頃と違い私は今、のんびりと作物の育て方について考える日々を過ごしていた。


 朝、日の出が昇ると同時に起き。

 夜、作物の調子を確かめから眠りにつく。


 我ながら魔王、いや正確には『元』魔王か。

 とにかく、らしくない生活を続けていた。


 わざわざこんな山奥に来るものは人間にも魔族にもおらず、二百年の間、私は一人で悠々自適に過ごしてきた。


 ――しかし、そんな二百年に及ぶ私の隠居生活は、初めての来訪者によって終わりを告げるのであった……。

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