八 もう一つの旅立ち

 日陰に僅かに雪が残り、桜のつぼみが明日にも咲かんと膨らむ頃。

 薄明るい離れの中。少女は腰よりも長く伸びた己の髪を、肩口でばっさりと切り落とした。


 女はいつものように庭仕事をしていた。

「おねぇ……ちゃ……ん」

 振り返った女は目を見張った。

北見きたみ! どうしたのその恰好……!? それにその髪……っ」

 綺麗にきれいに整えてやっていた髪を童女のように短く切って、旅装束に身を包んだ妹がそこに居た。

 北見は固い表情でまっすぐに姉を見つめている。

「わた、し……ハジメ、さんの……所へ……行き、たいの……。……迷、惑……かも、しれないけど……。ハっ……ジメさんのっ……傍に、いたいの……っ」

 両親が病で亡くなってからずっと面倒を看てくれていた姉。守ってくれていた姉。きっと反対するだろう。

 北見は姉に告げずに出ようかとも思った。

 けれどこうして伝えたのは、姉に許してほしいという、北見の意思に他ならなかった。

 女は初め驚いた顔をしていたが、次第に悟ったような、観念したような表情に変わっていった。まるで、このときがいつかはやって来ると知っていたように。

 しかし、女の答えは

「……駄目よ」

「っ……」

「今日は駄目。色々準備しなくちゃいけないんだから」

「……?」

「一人でなんて行かせられるわけないでしょう。わたしも一緒に行くわ」

「! おね……ちゃ……いい、の……?」

「一人で行かせてあんたになにかあったら、お父さんとお母さんに顔向けできないじゃない」

 姉は青年の元へ向かうことには反対しなかった。

「…………おね……ちゃ……っ」

 北見はぽろっと泣き出した。

「ちょっと、なに泣いてるの!?」

「…………お姉ちゃ……っ」北見は女の肩に顔を寄せた。

「~~~~もうっ。わかった。わかった」

 女は北見を抱き寄せ、その頭をぽんぽん、と、やさしく叩く。


 数日後。姉と白い犬と連れ立ち、少女は生家を旅立った。

 言葉を交わしたあの夜から育ち続けている、

 青年の傍にいたいという、望みを胸に――。


〈続〉

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死して鬼を屠る 呉於 尋 @kureo_jin

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