春嵐の山小屋 三

 旗が話しを終える頃には空は穏やかさを取り戻していた。

 まだ多くの雲が残っているが、歩くには十分な光が射している。一行は小屋をあとにすることにした。ハジメの具合が回復していないため泊まっていくことを山科やましなは勧めたが、外の空気を吸えば大丈夫だとハジメが言うのでそのようになった。

「今日は大変興味深い話を聴かせていただきました。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ助かりました」

 山科と旗が笑顔で交わすと、一行は濡れた山道を歩きだした。

 手を振って見送っていた山科が見えなくなると、ハジメはほっと息を吐いた。顔色もよくなってきたように見える。

 とツギが、

「ハジメ。どうして具合が悪くなったんだ?」

「……血の臭いがしていたんでず。とても強い……。あの人は、一人や二人じゃない人を、食っている……」


 一行の姿が見えなくなると、山科は小屋の中へと戻った。

(大勢の客が来たと思ったら『鬼屠り』の一行とは。【人殺し身内】に知れても困るし、純粋な「人」もほとんどいなさそうだったな)

 山科は頭の手拭いを取り去った。すると新雪のように白い髪が露わになった。

(あともう少しで『羅刹らせつ』になれるというのに。残念だがあともう少しの辛抱だ)

 そのとき、

 コン、コン、コン

 と、戸を叩く音がした。

 山科は手拭いを着け直し、笑顔も作り直すと戸口へ向かった。

 先程の一行が戻ってきたか、新たな客か。

 戸を開けた山科がそれを確かめることはなかった。いいや、できなかった。

 すっ、と、山科の首にぐるりと廻る赤い線が浮かび上がった。かと思うと、山科は地に伏した。

 山科は絶命していた。

 その頭元に立つ者が一人。

 無染めの着物を纏った綾部あやべは、手拭いから零れた山科の――弟の顔に掛かった髪を優しく払う。

 そしてぽつりと言葉を落とす。

「地獄で待ってな」

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