第3話

「いやぁ、やっぱり君を採用して良かったよ」


ニコニコニコニコ胡散臭そうな笑顔で私をほめてくださるのは、この受付という部署の中で1番偉い署長。


目に浮かぶ媚を売るかのような色に気づかないふりをして笑顔を張り付けてはいるものの、私の心の中ではあらゆる罵倒語がぐるぐると回り続けていた。

先ほどまで、隣の建物にでも聞こえるのではないかというほどの怒鳴り声をまき散らしていた依頼人は、ある程度まで謝りつつも話を聞いているとやはり夕方までに、依頼のアクリラ草がなければ店を開店することが出来ないという話に落ち着いた。


書類が遅かったことも事実だが、書類の不備があったことも確かという事で、どうにか納得をしようとしている彼女はまともな感性の持ち主なのだろう。

だが、それでも、2日も遅れたことに対しての不満と、間に合わないかもしれないという恐怖が怒りとなって私に向かってきていた。


だから、私は私のアイテムボックスから彼女へアクリラ草を取り出して、どのくらいの量が必要なのかを尋ねたのだ。


そこから先は、面白いくらいに話が進み、こちらの手続きが遅れたことで依頼もしていないことから金額も必要ない旨を伝えると、彼女はにこやかな顔つきで出ていった。


「君がという話をしてくれて本当に助かったよ。クレームの数は本部への報告になってしまうから私としてもなくなるように努力はしているんだがねぇ」


なくなる努力っていうのは何かしら?

手の遅い職員にどうして遅いんだと怒鳴ったり喚くことなのかしら?

この無性にむかつくにやけ顔をひっぱたかせて頂いてもよろしいのかしら…?


続けられる言葉にだんだんと不快な気持ちがたまりにたまって、半ば本気でたたいてやろうかと手に力をこめ始めたところで、不穏な空気を察知したのか署長はニコニコわざとらしいほどの笑みを浮かべて「今度、食事でもどうかね?」と声をかけてきた。


「まだ生活も落ち着いておりませんので、申し訳ないのですが…」

「…、あぁ、そういえば君はまだ来て一か月も経っていなかったな。ついつい長年いるような気がして…すまんなぁ。そういえば歓迎会もして無かったから、今度皆で集まろうかね」


長年いるような…? まさか本気でおっしゃっているのかしら…


「え、ええ、皆様のご都合が合うのでしたらよろしくお願いしますわ…」


署長の言葉がほとんど本気で言われているように感じて、内容に呆然としつつも了承の言葉を返す。このやり取りを職員全員が白けた目で見ているのもあって、そろそろ仕事に戻してほしいところでもあった。

私がうなずいたのを見て、同じくやり取りを見ていた職員を署長が顎でしゃくって呼び寄せた。


その所作にも不快な気分を持ちつつも、その場を立ち去るための礼をして席に戻る。


依頼人とのやり取りで10枚ほどに増えてしまった書類を見て、本来であれば下から順にこなしていくものではあるが、私はすべてを引っ掴むと上からざっと目を通した。


「もし、ミヤマ鉱石についてと、神楽地域への配達のご依頼をなさった方はまだいらっしゃいますの?」

「ん? あぁ、俺だ。どうかしたか」

「それは私が先ほど依頼した内容だ」


声かけに二人の男性が立ち上がったのを見てホッと息をつく。


こうやって読み込まなくてもわかるほどの明らかに足りない内容がまかり通っている事実をどうにかしなければ、何時まで経ってもクレームなんて無くなるものではないですわね。


状況に辟易しつつも、今はまずこの二人にきちんと書類の内容を埋めてもらわなければならないのだ。でなければ、また先ほどの依頼人のようになってしまう。


今日の仕事を終わらせてから改善に乗り出すこととして、気持ちを改めて依頼人へ説明をしている私を隣の同僚が睨むように見ていた。



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