第2話

採用通知を受け取った日から3日後、やはり件の手紙を持ってきた彼が私へ手紙を差し出した。

彼は専属の配達人なのかしら、と疑問に思う私の顔を見つめている彼はこの間のやり取りなんて忘れてしまったかのような晴れやかな顔つきである。

私は彼を見た瞬間に、さらにまとわりついている色を気にしないようにするのが精一杯で。


「確かに受け取りましたわ」

「中身も一応確認してもらってもいいかな?」

「また、返事が必要な手紙ですの?」


この間、引き留めてしまった事実があったため、後ろで待ち構えているような馬車へ向かってわざとらしく目線を送ると、彼の笑顔がほんの少し固まったように見えた。

待たせているのは確かだけど、私が本当に働く人間なのかも確かめておきたいってとこかしら…


彼の心中を慮ってやる必要もないけれど、もし働く仲間とするとごちゃごちゃした感情を働く前から持って接したくはないわねと、気づかないふりをして封を開ける。

そこには確かにこの前送った手紙への返事が綴られていた。


曰く、事情は考慮するがもし指定の期日前に来ることが可能であれば歓迎するとのこと。


その一文はなんだか切羽詰まっているような感じも受けられて、首をかしげてしまう。

面接を受けていた時にはそんなに忙しいようには感じなかったのだけれど…。


ただ単純に額面通りの言葉なだけかもしれない。

とはいえ、先日送った日にちが早まることはないので、そうですかと思うだけである。

何かの言葉を待っているかのような彼に返事をするため、再度手紙は確かに私宛で2週間後ぐらいに働くことになるようだから、よろしくお願いしますわねと頭を下げておいた。


「あー…そうなんだ。」

「ええ、そのようですわ。…もういいかしら?」


この間もみた御者のおじさんがしきりに首を伸ばしているのが視界の端に飛び込んでくる。この前の女の子は乗っていないようだが、やはり手紙一つにかける時間を超えているのだろう。

それとも、ここでなされている私と彼の会話に興味津々なだけなのか。


「馬車の出発の時間なのではなくて? 向こうの方々をお待たせしているようですわ。」


手を指示して、今度こそ言外に去るように伝えると、はりつけたような笑顔で軽く会釈した彼の唇が えらそうな と動いたのが分かった。

ざわりと震えるままに、目が硬質に形作ろうとして振り切るように目をつむった。


もはや取り繕う形のような見送るための礼をとると、ガラガラと動き始めた馬車から「一緒に働くことになったんかぁ?」「そうみたいだよ。ちょっと苦手かも」という声が風に乗って届く。

今度は確実に聞こえる距離だとわかっての言葉だろう。


どうせ構わないわ。

そんなセリフを吐く人間に限って、手のひらを反すような態度になるのよね。いつだって、どこでだって。

だから、少しだけ傷がついたように思える痛みも気のせいなのよ。もう少し、うまく立ち回れたんじゃないかと考えてしまうのも結局無意味な事だって知ってるわ。


持て余し気味のこの感情も、実際に働き始めるまでの2週間で消えてなくなるだろうと、それまで彼と出会うこともないだろうと考えていたのをあざ笑うかのように、3日に一度の割合で、採用先から手紙が届くことになるとは思いもよらなかった。




「今、思えば、あのひっきりなしのやり取りでおかしいと思うべきだったのかしら」


カタカタと情報を打ち込む間にも、隣の受付に山のように書類がたまっていくのが見える。持ってこられた依頼内容に不備がないかをチェックしながら登録するのが、今日の私の仕事だ。

無事に登録された仕事は、光子と呼ばれる不思議な能力を通してある壁のある一角に情報が出現するようになっている。出現した情報は、しかるべき機関のしかるべきエージェント達。つまりは各ギルドの登録者が各自さばいて解決してくれるのだが、問題は登録されなかった仕事だ。


「アクリラ草についての内容に心当たりのある方はまだいらっしゃいますの? 少しお聞きしたいことがあるのですけれど…」


室内に声が良く届くように、立ち上がって書類をひらひらとさせるが、ちらりと目を向けるのは全員受付へ書類を置くために並んでいる者ばかりだ。


…そうなのよね。

書類の記入された日にちを見れば、2日前。2日も前に持ってこられた書類のために、毎日ここに通ってくるような奇特な人間はいないのだ。ましてや、登録されたアナウンスなど情報が掲示された時点でわかるため、わざわざ本人へ案内などしない。


返信先も聞かないから、万が一を嫌っているような慎重な人以外、何時まで経っても登録されないことにしびれを切らしてやってくるまで放置することになるのよね。

そして、その放置された案件に対して怒鳴り込んでくる相手をするのも、ここの受付の人間なのよ。


つまり、ブラック。

まごうことなきブラックな職場。

しかも自分たちで首を絞める最悪な形で作り上げている。


私が今手に持っている書類も、よっぽど急いでいたのだろう。

アクリラ草が足りないために至急の採取依頼だ。至急にもかかわらず、なぜ2日も経って私の手元に書類があるのか。至急とあるのだから、これは確実に、


そう思った瞬間、入り口の扉が壊れるのではないかと思うほど激しい音を立てて開くと同時に、すこしふくよかでパワフルな女性が、顔を般若のようにして飛び込んできた。


「ちょっと、受付さん…!!!! この間の依頼はどうなったんだい? あれほど急いでおくれといったのに、まだ依頼の達成どころか、情報が開示されていないじゃないか!!!!」


急ぎという言葉にそっと手元の書類を見る。

沢山改善のありそうなこの書類の唯一といっても誇れる部分が、ひとつだけあるのだ。


「ご依頼をされた方ですね。こちらにお手元の札をかざしていただいても宜しいですか?」


幾度となく、こんなクレームが舞い込んできたのだろう。今更こんな登場の仕方に驚きもせず、穏やかに行動を促すのはベテランの職員だ。

どしどし音をならしながら向かった女性が札を職員手元の丸い半球へかざすや否や、私の手元にある書類がぼんやりと光を放ち始めた。


「どうやら、あちらで立っている彼女がご相談にのれるようです」


にこやかな職員の声とは裏腹に、親の仇でも見つけたかのような形相で依頼人が向かってくる。

これから起こるクレームの時間に上を向いて嘆きたくなるのを抑えて、依頼人へ頭を下げた。



そう、唯一誇れる技術は依頼人の札と書類と情報を結び付ける技術だけは誤魔化せないといった部分にあった。

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