愛される方法を教えてくださると幸いですの

ばん

第1話

小さい頃はもう少し純粋に人を信じていたように思うわ。


でも、だめね。

もう、私は知ってしまったの。今、私にやさしくしてくださる方も、手伝いを名乗り出てくださる方も、そう、朝に挨拶を交わしてくださる方だって、私を好ましく思っているからではなくて、私を気にかけてくださっているわけでもなくて、ただただ、私が持っているものが、いつか自分を助けると分かっているから、わざわざこんな私に声をかけるのよ。



私の名前はハルコ。

身長は同年代の子に比べたら、高くもなく低くもなく。胸もあるにはあるけど、ないといえばないような。中肉中背といったところかしら。

こんな喋り方をしているけれど、別に位の高いお貴族様って訳でもないの。


小さなときに読んでいた本の影響で、ついつい考えごとをお嬢様視点で考えていたらいつの間にか口調もお嬢様のようになってしまって、小さなときは、あらあら可愛らしいわねなんて言われたものだけど、今となっては誤解を生んだりやっかみを受けたり対した後ろ盾もないことが分かった人には嫌がらせを受けたりとあまり良いことはないわ。


じゃぁ、今からでも普通の口調に直せばいいと思ったのだけど、小さな頃からの習慣は恐ろしいもので、今では普通の言葉を話そうとすると、まるで違う国の言語のようにいちいち考えなければいけなくて、話せないことはないけれど人とどうしてもテンポがズレてしまうのよね。

それがますます悪循環を生むと分かって以来、口調を直すのは止めたわ。


そんな私だけど、今は王都から馬車で一日ほどの距離にある街のギルドで受付をしているわ。本当は、情報も集まりやすく人ごみに紛れやすい王都で職を探そうと思ったのだけど、ものは試しの立ち寄ったこの街で、たまたま目にした求人を見て、つい本番前の緊張でもほぐそうかしらと思って受けてしまったのが良くなかったのね。


受かるつもりもなかったから、どんな言葉を言われようともにこにこ笑って言葉を返していたの。勿論、不採用だと思ったから、そのまま目的にしていた王都の宿へ、と言っても門の近くの安宿を拠点にいい職場を探していたのよ。

そんな私のところへ、見知らぬ方から手紙が届いたわ。


「…採用通知? しかも、何時から来れるか要返答のことって……」

「はい。このまま、私に返事の手紙を渡していただければ結構です。」

「え、間違いではなくて? 私、確かに面接を受けた覚えはありますけど、一か月も前のことですのよ? どなたかと勘違いをなさっているのではなくて?」


困惑気味の私にか、それとも私の口調に戸惑っているのか、配達をしてくれた彼も特に事情を知っているわけではないのだろう、少し眉根を寄せた後、まぁ、とにかくという言葉とともに笑顔で返事を書くよう促してきた。


「私の仕事はあなたにこの手紙を渡して返事を受け取ることですから。もし万が一間違いだったら、その内容の手紙を改めて渡すことになるだけだと思いますよ」

「まぁ、それもそうですわね…」


彼の言うことも一理ある。わざわざ、王都まで手紙を届けている事だし、とにかく返事は必要なのだろう。とはいえ、王都で仕事を探すつなぎで内職の仕事をいれてしまっていた私は、その旨を書き記し、2週間後からであればそちらで働けることを紙にしたためて封をした。


「それではお願いしますわ」

「はい。確かに承りました」


手紙を渡した彼は、丁寧にカバンの中にしまい込んで私に向かって一礼すると近くに止めていた馬車へと走り寄って行った。

見送る形で眺めていた私は、そろそろ仕事を再開しようかと形式的にそちらへ一礼をして聞こえてきた声にピクリと肩を揺らした。


「なんか時間かかってたが揉めてたんかぁ?」

「いや、違うよ。なんだろね。内容が信じられないって愚痴かな?引き止められてた」

「えー、何それ。単に話し相手が欲しかったとかぁ?」

「んー…?」


言葉を濁そうとする彼の気配がこちらへ向くのが分かった。

それと同様に、彼に話しかけている御者のおじさんと、若い女の子もこちらへ視線を向けているのを肌に感じた。

気づかないふりをして顔を上げ、振り向きざま一瞬見えた彼らの色に私は落胆のため息をひっそりついた。


いやね。あの探るような目。見下したくて仕方がないといった顔つき。


「結構おばさんじゃない? なんか人生に疲れてますって顔」

「アイシャから見たら、年齢的にそうかもね」

「嬢ちゃんはまだ10代だからのぅ。儂なんかおじさんを通り越して爺か」

「やだ、おじさん、最近そーゆうのセクハラっていうのよ」

「そうなんかぁ。難しい世の中になったんなぁ」


階段を上り始めて姿が見えなくなったことで大きくなった声が私の背中を追いかけるようにして聞こえてくる。

彼は、聞こえる距離だと分かっているからか、会話には参加していなかった。きっと私が働き始めた場合を考えて黙ることを選んだのだろう。打算と安寧を求める黄色と茶色交じりの汚い色がこびりついていた。


「あの場所で働き始めると、彼とはどのくらい顔を合わせることになるのかしら。」


取り繕ってくれるだけまだましかしら。

直接的に何かを言っているわけでも、態度に示しているわけでもないし、私の見えている色だって、

ええ、たとえ、それが真実であったとしても、手紙の配達であれば始終一緒にいることなんて、そうそうあり得ることでもないのかもしれない。


少しばかり憂鬱な気分をどうにかごまかしながら、残りの仕事を片付けて、万が一のことを考えて王都の求人を引き続き探して、今ではこの日がターニングポイントと呼ばれる人生の節目だったのではないかしらと思う日を過ごしていた。

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