回答
ボクは、彼ことボクが窓から落ちる様を思い出して目を開けた。
正直、見ていて全く面白いものではなかったと思う。これなら、下手な日記を読んでいた方が面白いに違いない。これ程までに、酷いものはなかなかないからである。
そして、Sさんに催促されていたけれど、残念ながら、あの当時のことを思い出しても、どうして彼があのような愚行にはしったのか、その理由は分かりそうになかった。
というのも、世間的にはボクは記憶喪失に陥ったと言われているけれど、実は全くの嘘であるからだ。記憶自体は頭の中にしっかりと残っている。
では、何が欠落してしまったのかというと、それはボクの主観であった。
主観と言ってピンとこなければ、空木しろという人間に限って言えば、正義感と言い換えてもいいかもしれない。
だから、ボクは過去の自分が自分だとはどうしても思えないのである。まるで、その人の伝記を読んでいるかのようだ。どうしても、主観的になれないから過去のボクは彼になってしまう。
あの時――彼が学校の四階から飛び降りた時、枯れた木にぶつかり、勢いを弱めながら雪の上に着地した。上手く落ちたようで、死にはしなかったのだ。
あれだけ悪を討てると興奮していた割に、死ねなかったことに酷く落胆した。すぐさま立ち上がって、再び死のうと彼は思ったのだけど、全身を
早く死ななければならない。
そう強く思っていると、彼の影から彼女がにゅっと出てきた。黒い髪に真っ赤な瞳は、彼を見下すようにしている。彼女はあの時、彼の元を離れたように見えて、ずっとその中に居たようである。おそらく、これこそが彼女の目論みだったのだろう。彼だけではどうしようもない時に、助けることで借りを返そうとしたのだ。
「……何か、望むことは、ない?」
「……ボクを、殺してくれ!」
彼はそう即答した。
すると彼女は、彼の身体に手を差し込んだ。まるで底なし沼に手を沈めるようにして、彼女の手は身体の奥へ奥へ進んでいく。
ズブズブズブ。
やがて、彼女は何かを掴んでゆっくりと取り出した。それが何であったか、彼には理解できなかったが、今から第三者的に思うに、あれこそが彼の主観――正義感。もっと言えば、彼の存在意義だったのであろう。彼女はそれを彼の前で喰った。ムシャムシャ、ムシャムシャと。
一口彼女がそれを
ボクを殺せという彼の意思に彼女の行動はどれだけ寄り添ったものだったのか、それはボクの想像の範疇に収まるものではない。というか、彼女が彼に恩返しをしたかったのかどうかすら、ボクは分からないというのが正直なところだ。状況から、ただ適当に推測しているだけで、真実とはまるっきり違う可能性だってある。
彼の主観を失ったボクが、あれほど歪んで肥大化した正義感をもつ彼のことや、そもそも人外である彼女を理解できるはずがないのだ。
ともあれ、確かなのは、これによって正義に振り回された空木しろの人生は幕を閉じたということだけである。
……。
あ、いや。もう一つだけ言えることがあった。
それは、彼はクラスメイトのことを誰一人として、本当の意味で理解できていなかったし、反対に彼は誰からも理解されていなかったと言うことである。無論、彼だったはずのボクでさえ、彼のことはもう全く以て分からない。
ボクと彼女の回想記録 現夢いつき @utsushiyume
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