天井の星を眺めるように、或いは宵のプールに沈むように

九十九 那月

天井の星を眺めるように、或いは宵のプールに沈むように

 今年の、初夏のとある日の事。

 隣のクラスの男子が、死体となって見つかった。


 彼は、夜のプールに一人で侵入して、そこで自殺を図ったらしかった。彼の体内からは、睡眠薬の成分が見つかって、それが彼の家にあったものと同じだった、とか。


 全て、誰かから聞いた話。

 そんなこと、自分には関係がない、と、僕は思っていた。




 プラネタリウムを観に行くことが好きだった。

 特別、星が好きだったわけではなかった。だけどそれでも、星というものは多分、僕を構成するものの一つだったのだと思う。

 そんな歪んだ愛を、僕は天井の星に向けていた。




 ある日、は突然、僕の前に現れた。


 は、まず初めに、見えるんだ、と言った。

 次に、プールの授業、無くしちゃってごめん、と謝った。


 どうやら、それは、初夏に亡くなったはずの、プールに沈んだ生徒の幽霊、らしかった。


 それが見えていようと、そうじゃなかろうと、僕の日々はそれまでとほとんど変わらずに過ぎていった。

 ただただ何となく、日々が過ぎていくだけ。休日や、どうしようもなくなったときは、近所の科学館に言っては、映し出される偽物の星を眺めていた。

 ただ一つだけ変わったのは、どこへ行っても幽霊がついてくるようになった、ということだった。


 お互い、ほとんど言葉は交わさない。

 時々、それが呟くように言った言葉に、気が向いたときに僕が答えるだけ。

 そんなことが、何度か繰り返された。




 星が好きなの、と、ある時、それが聞いた。

 別に、と僕は答えた。


 じゃぁ、プラネタリウムは好きなの、と聞かれた。

 それにも、別に、と答えた。


 どうしていつも、あそこに行くの。そう聞かれて、僕は足を止めた。

 それしかないから、と、僕は俯きながら答えた。


 足元は暗くて、だけどそこに闇はなかった。

 頭上には、月と、星と、街灯とが、光を放っている。きっと。

 だからこそ僕は、闇を探して歩き回っていた。


 おなじかもしれないね、と、不意にそれは言った。


 黙ったままの僕には構わずに、それは勝手に喋りだした。




 海がないんだ。

 その声は、とても寂しそうに聞こえた。


 透き通って、どこまでも続いているようで。

 混じって、溶けてしまえそうだ。そんな風に感じた海が、ここにはないんだ。


 だから、どこにも行けなかったんだ、と。




 海が好きだったのか、と、僕は自然と聞いていた。

 うん、と、彼は答えた。


 じゃぁ、違うよ、と僕は言った。

 彼が、微笑んだような気がした。


 気づいたら、彼はいなくなっていた。




 次の休みの日に、電車に乗って、一番近い海まで行った。

 波が穏やかで、潮の匂いがして、そして、海底は見えなかった。

 彼の言っていたことが、少しだけわかったような気がした。




 天井の星を眺めるように、或いは宵のプールに沈むように。

 ただ無機質な偽物だけが、何よりも僕たちの一部だった。




 だから、僕は彼のことを、羨ましいと思う。


 そして、僕は夢想する。


 偽物の空に写る星の海へと沈んでいくことができたなら、それはどれだけ幸せなんだろう、と。

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