第6話(終)


《誰かの現実?》 


 月明かりが部屋の中まで差し込んでいる。青く冷たい光が美しい。あたしは、窓枠に腰かけるようにして外を眺めていた。そこに何かあるわけじゃない。強いて言うなら、月を見上げるくらいだろうか。もっとも、この行為自体、逃避に等しいことは嫌と言うほどわかっている。


 ――――どうしてこうなっちゃったかな。


 いや、これも逃げだ。本当は解ってる。全部、それこそ一から十まで、あるいは百まで、千まで…余すところなくあたしのせいだ。それはわざわざ回想するまでもなく、十分に理解している。

 だけど、ひとつ言わせてほしい。言い訳だけど聞いてほしい。誰に?誰にって…


 この、宿屋の床に転がっている3人の男女に、だ。


 一人は、筋肉の逞しい、精悍な顔立ちの青年だった。普段は鎧を着ているのだけど、宿屋なので今はインナーだけになっている。

 一人は、神経質そうな眉をした、線の細い青年。こちらも、室内着のゆったりとしたローブ。周りには本が落ちている。

 一人は、実年齢よりも幼く見える小柄な少女。自宅から持ってきたという、ピンク色のパジャマが可愛らしい。


 こうなった原因はあたしにある。だけど、誓って悪意でやったわけじゃない。さらに言うなら故意でもない。そして、あなたたちのためだったんだよ―――なんて、薄っぺらいかな。怒られるかな?怒られるわよね。

 それは仕方がないわ。叱られるのは好きじゃないけれど…ってこれは当たり前よね。自分のやったことなのだから、彼らが起きたら正座して反省します。ちゃんと。


「でも、一体いつになったら起きるのかしら?」


 それが唯一にして最大の問題。もうかれこれ、5時間ほどになる。こんなに効果が長続きするとは思ってなかった。いや、マジで。




 事の起こりは、数日前に遡る。旅をしていたあたしたちは、ある洞窟で魔物と戦った。しかしこれがなかなかの強敵で、みんな少なくない怪我を負った。魔物の数は多く、このまま戦っても勝つのは難しい。そこで、尻尾を巻いて逃げることになった。その時のことだ。

「混乱の踊りを頼む!」

 そう叫んだのはリーダーだった。混乱の踊り…つまりは魔物たちを行動不能にして、その隙に逃げようという作戦。もともと戦闘は得意じゃないから、あたしのほうに異論はなかった。

「わかったわ!」

 そして、踊り始めるあたし。踊りの効果が出るまであたしを守ろうと、必死に戦う仲間たち。

ところがあれっ?おかしいな…いつまでたっても効果が現れない。

「まだですか!」

 ローブの青年が苛立った声で訊いてくる。一方、あたしは内心で冷や汗をかいていた。


  やっべ、これ、練習してなかった…


 その場は何とか乗り切ったのだが、あとでこっぴどく叱られたのは言うまでもない。特に、ローブの男はしつこかった。

「あなたは!自分の仕事をなんだと思っているのですか!?失敗は誰にでもあります。だが、最初に努力を放棄するというのは許せない!」

 あたしは正直、コイツのことが苦手でソリが合わなくて、普段は言い返して喧嘩になったりもするのだけど、この時ばかりは小さくなっているしかなかった。そして、いざ改めて周囲を見回してみると、みんなちゃあんと訓練をしていたのである。

 鎧の青年は、寝る前に剣の素振りや技のためし撃ちをしていた。ローブの青年は難しそうな本をいつも読んでいたし、少女はよく瞑想していた。宿屋に泊れば酒を呑みに行き、野宿の時は真っ先に眠ってしまうあたしとは大違い。

 こりゃいけない、努力と言う言葉は大嫌いだけど努力しなければなるまい。このままではみんなのお荷物になってしまう…えっ、もうなってるって?それなら、なおさらだわ。

 

 あたしは心を入れ替えた。それこそ、今までの自分が別人かと思えるくらい努力をしたわ。だから…その結果が悪い方向に行ってしまったとしても、事情を汲んで許してくれないかしら?…やっぱり無理、かしらね?


 そして、時は今夜に至る。あたしは宿の部屋で踊りの訓練をしていた。まだ、夕方から夜に変わったばかりで、酒場の喧騒もあったから多少騒がしくしても怒られないだろう、という考えだった。

 なにしろ踊りは激しくステップを踏んだりするので、深夜にやるといろいろ問題なのだ。かといって、夜中にわざわざ外に出たりはしたくない。そしてなにより、終われば気持ちよくお酒が呑める。夕方の訓練は、あたしの最大公約数だった。

 柄にもなくあたしは張り切っていた。なにしろ、覚えたての踊りがあったのだから。これを完璧に使いこなせれば大活躍間違いなし。仲間もあたしのことを見直して、好感度アップアップ!そういう予想を立てていた。踊りは次第に熱を帯び、い~い感じに体が温まってきたころ、不意に、部屋の扉が開かれた。

「一緒にご飯食べに行きませんかっ♪」

 

 たまたま、フォームを確認するのに使っていた姿見が扉の近くにあったのだ。結果、踊りを直視してしまった少女はその効果をモロに受けてしまった。さらに運の悪いことに、少女の後ろには男連中も控えていた。奴らも例外なく、あたしの踊りを目に焼き付けた。


 ―――結果が、コレだ。

 

 練習していたのは、敵を眠らせる踊り。それもただ眠るのではなく、夢を見せて戦う気力を奪うという、それなりにやばいものである。だからこそ戦闘中に練習していたのだけど…いやまさか、こんなことになるとは思ってなかった、ホントなのよ?



 パジャマの少女は、幸せそうに微笑みながら指をしゃぶっている。赤ちゃんみたいで可愛いわ、いい夢見てるのかしら。

 ローブの青年は、穏やかな表情をしていた。安眠してるならそれはそれでよかったのかしら。起きたら絶対怒るけど。

 インナーの青年は一人だけ難しそうな顔をしていた。悪夢でも引いちゃったのかしら。悪いことしたわ。


 叩いても揺さぶっても起きる様子は全くない。朝まで待って起きなかったら、教会まで引きずっていくしかないだろう。力仕事は特意じゃないから、そうならないことを切に願う。

 出発が遅れるのは避けたいのだけれど… 

ちゃんと起きてくれるかしらね?



やれやれ。


 



 

 <FIN>

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魔王城の幻影 奏音 @amagami-kanon

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