空の表情
陽月
空の表情
噴水の水面がキラキラと光る。降り注ぐ水滴と、半ば西に傾いた太陽の光が、それを作り出していた。
噴水の前に、男が一人立っていた。近くにあるベンチに腰をかけることもせず、噴水を背に、ただ一点を見つめて。
男の視線が動く。ポケットからスマートフォンを出し、時刻を確認する。メッセージアプリを表示して、何度も読んだ文字を確認する。そしてもう一度、時刻を確認して、ポケットにしまう。
一連の動作の後、視線は再び、先ほどの一点へ。
男の瞳が、向かってくる女を捕らえた。女も、男の姿を認めたらしく、小走りで近づいてくる。
男は鞄から、両手ですっぽり覆えるほどの、小さな箱を取り出した。両手でしっかり包んで、胸の前で持つ。
女が男の前に辿り着き、足を止めた。女が何かを言う前に、男が両腕をスッと差し出し、箱を開けた。そして、昨夜から何度も練習した言葉を告げる。
女はゆっくりと、首を横に振った。太陽が黒く厚い雲に隠され、気温が下がる。
二言三言交わした後、女が右手でそっと、小箱と男の手をさし戻す。そうして、自らはくるりと向きを変え、その場を去っていった。少しばかり大股で、しっかりとした足取りで。
男は、女の姿が見えなくなるまで、動くことができなかった。
雨粒が当たる。ようやく動くことを思い出した男は、小箱の蓋を閉めると噴水に向きなおり、それを持った右手を大きく、勢いよく振り上げた。
そのままの体勢で止まること、一呼吸。振り上げた時とは逆にゆっくりと右手を降ろし、小箱を鞄にしまった。
そのまま、ゆるりと歩き出す。
ポツリポツリと落ちていた雨粒が、次第にその間隔を狭めている。
本格的に降り出したところで、男は視界にあった店の
雨脚はどんどん強くなる。雨が廂を、地面を打つ音が響く。
店の扉が開き、中から娘が姿を見せた。その拍子に、中からかすかにコーヒーの香りがした。
娘は、片手で扉が閉まるのを防ぎ、男に声を掛ける。
一言二言交わし、男を店の中へ入れる事に成功した。最初は拒む様子を見せた男だったが、すぐに折れたようだった。
男が背にしていた店の窓からは、中の様子が鮮明とはいかないまでも、見ることができた。
流行らない店なのか、天候の所為なのか、客は男一人だった。
渡されたタオルで軽く拭くと、カウンター席に腰を下ろす。
娘は、注文された飲み物を出しただけで、何も訊くようなことはしなかった。
けれど、しばらくして、男がポツリポツリと話し出し、娘はただ相槌を打ってそれを聞く。
男が、あまりにも時間をかけて飲むものだから、最後は冷めてしまっていた。いつの間にか、雨はすっかりあがっていた。
店を出る男を、娘は笑顔で送り出す。
再び顔を見せた太陽が、濡れた地面を輝かせる。
東の空に浮かぶ虹に向かって、男はしっかりと地面を蹴り、歩き出した。
空の表情 陽月 @luceri
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