第9話

 風の塊は、リーリアたちの頭上を通り過ぎると、その奥で談笑していた探索者二人の胴体を真っ二つに引き裂いた。呆けた顔のまま、血だまりに落ちる男たち。


 幸いなのは広場に集まる探索者の視線の多くが、リーリアらを中心とする大穴付近に集中していたことだ。異変の早期発見に繋がった。


 不幸なのはその異変が、この広場にたむろしている探索者の手には、とうてい負えるものではなかったということだろう。みるみるうちに犠牲者は増え、辺りは血しぶきと、悲鳴と、怒号で埋め尽くされていった。


「シルフだ、障壁を張れ」


 三人で地面に這いつくばるように身を潜めている中、ロドリックがリーリアの耳元で囁いた。


「言われなくても」


 リーリアは短い詠唱のあと、気がたった妖精種を刺激しないよう、簡易的な障壁で三人を包んだ。それからロドリックをじっと睨みつけた。


「あのシルフたち、大穴から出てこなかった? 何も居ないんじゃなかったの?」


「そのはずだ。少なくともおれの知る限り、第一層でシルフが出たなんて話、聞いたこともない」


「だったらあれは何なのよ」


「分かりかねる」


「はあ、役に立たない男ね」


「忘れてると困るんで一応言っておくが、おれがシルフの存在に気づかなかったら、今ごろ君も、後ろから真っ二つにされてたんだぞ」


「何? 助けたつもりにでもなってんの? あんたが居なくても、あたしとヘンテならあんなシルフ2匹程度、余裕だし」


 その言葉を受けて、ヘンテリックスが顔を上げた。


「でもあのシルフ、地上のより、ずっと強そうだよ」


「おいおい、気を付けろって!」


 広場で暴れ回るシルフの動向を追って、体を起こそうとするヘンテリックスを、ロドリックが襟を掴んで止めた。


「打って出るなら、しっかり作戦を立ててからだ」


「何言ってんの? 作戦なんていらないわ。広場があらかた片付いたら、どうせシルフは逃げた探索者たちを追って、広場から出ていくはずでしょ。その隙に、私たちは先に進めばいいだけじゃん」


「それだと、被害がさらに拡大することになるぞ」


 ロドリックが信じられないといった表情をリーリアに向けた。


「別にいいんじゃない? シルフにやられるような奴ら、どうせほっといたって、どこかで死ぬでしょ」


「正気か……おい、ヘンテリックスだっけ? お前はどうなんだ? 全員が殺されるのを黙って見てるつもりか?」


「何とかしてやりたい気持ちは、多少あるけど、俺の魔術はそれほど使い勝手が良くないんだ。残念だけど、あんまり役には立てないよ」


「腰抜けどもが、お前らそれでも魔術師かよ」


 ロドリックは這いつくばったまま、器用に背嚢を地面に下すと、シルフの動きをじっと観察し、打って出るタイミングを見計らっていた。


 そして、シルフの一匹が、震えている女魔術師の障壁を破壊しようと風を起こし、もう一匹が、広場から逃げようとテントの陰から走り出した男を追おうと方向を変えたとき、ロドリックは矢庭に立ち上がり、リーリアの障壁を飛び出した。


「え? このタイミングなの? もうちょっと待てば、シルフの一匹は広場から出ていったじゃん」


「どうする? 手伝う?」


 ヘンテリックスがリーリアにそう尋ねるも、リーリアは首を横に振った。


「もうちょっと様子を見ましょう、あいつの魔術を見てみたいし」


「大丈夫かな、彼死んじゃうんじゃない?」


「危なくなったらすぐ行くって、ジルダリアの騎士がどんな魔術を使うのか、あんたも気になるでしょ?」


 リーリアはそう言い放つと、走るロドリックの背中をじっと目で追った。まず驚いたのはその動きの速さだった。軽装とは言え、ロドリックはリーリアたちを守るため、ある程度の武装をした状態だ。にもかかわらず、30メートル以上はあったであろうシルフとの距離は、気が付けばもう数歩に迫っていた。


「あいつ、おっさんの癖に早いわね」


「それだけじゃない、足音も、金属の擦れる音もほとんどしなかった」


 だがそれでも、シルフはロドリックの存在に気が付いていたようだ。すぐさま振り返ると、魔術師へ向かって放とうとしていた風の魔術を、そのままロドリックへ向けた。


 薄い2枚の、巨大な花弁のような風の刃が、音もなくロドリックに迫る。

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