第8話

「これ……何かが出てきたとか?」


 広場の中央には、直径5メートルほどの不気味な穴が、大きな口を空けていた。リーリアは転落防止用のロープを掴みながら、穴の底に何があるのか確かめようとするも、まるでそれを阻もうかとするような、真っ黒な闇が広がるばかりだった。


「そんな話は聞いたことがないな、暗くて見えないが、確か、十メートルそこらで塞がってるって話だ」


 ロドリックはリーリアのすぐ後ろに立っていた。リーリアはふと落ち着かない気持ちになって、振り返ったが、ロドリックの横にはヘンテリックスが居て、大丈夫と言わんばかりに目を細めた。


「底がちょっと気になるわ、リックス、こっちに来て照らしてみてよ」


「それはやだな、なんか変なもの映りそうだし」


 だがヘンテリックスはそれ以上、大穴の側にも、リーリアの側にも近づこうとはしなかった。折檻でもしてやろうかとリーリアは杖を握りしめた。


「覗き込むのはやめとけ。この広場、ざっと見ても、100人くらいは居るだろう? 毎日これだけの人間が昼夜問わず集まって、発生したゴミや糞尿はどこに行くと思う?」


 ロドリックの意味深な表情に、リーリアは先ほどから鼻を突いていた据えた臭いの正体に気づき、思わず飛び退いた。拍子で肩がロドリックのみぞおち辺りに当たってしまったのか、低い唸り声が聞こえた。


「最低、もっと早く言ってよ! なんか臭いと思ってたのよ!」


 リーリアはロドリックを押しのけようと、杖でロドリックの足を叩いた。ロドリックは足を抱えて飛び跳ね、ため息をついた。


「クソ! このじゃじゃ馬! 元気がありあまってるようで何よりだが、少々はしゃぎ過ぎたみたいだな」


「え、どういうこと……」


 ロドリックに言われて視線に気づき、リーリアは周囲を見回した。四方八方から、リーリアたちに視線が集まっている。好奇の目もあるが、それだけではない、侮蔑や憎しみを抱いた、もっと悪意のこもった視線が。


「なんなのこいつら、私たち、なんか悪いことした?」


「君の態度の悪さは、先日から随分話題になってたからな」


「何よそれ、文句があんなら直接言いにくればいいのに」


 リーリアは杖を握る手に力を込めて、周囲を睨み返す。視界の端にエーテルの揺らぎを捉えたのはその時だった。


 エーテルとは隠世から漏れ出す神々の力の残滓、魔術師とは、このエーテルを利用して現世に元素を顕現させることのできる者たちの総称だ。

 エーテルは通常、一定の濃度を保とうと世界中を漂っている。よって魔術を顕現させるため、局地的にエーテルを消費すれば、それを補おうと、水が高いところから低いところへ流れるかのように、周囲のエーテルに不自然な動きを観測できる。


「リックス?」


 最初は位置的に、ヘンテリックスが魔術を使用したとリーリアは考えた。ヘンテリックスの魔術会派はイリーニャ派だ、詠唱が聞こえなくても不思議ではない。だがヘンテリックスの顔を見て、リーリアは自らの考え違いに気が付いた。


「二人とも、伏せろ!」


 ロドリックが並び立つリーリアと、ヘンテリックスの首根っこを押さえて地面に伏せる。次の瞬間、リーリアの頭上を、鋭い音と共に風の塊が通った。

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