第7話

 目的の場所までは1時間ほどの道のりだった。横並びに歩くには、道が狭すぎるため、ロドリックが先導し、後ろをリーリア、ヘンテリックスの順に続く。


 坑道は幾重にも入り組んでいたが、道中、ロドリックは一度も地図を見ることはなかった。それどころか、目的の場所に到着するまでの間ずっと、ロドリックは雄弁家のような語り口調で、この迷宮の成り立ちを説明してくれた。


 カッシウス・ヴンダールという元老院議員が、劇場建設の途中でこの迷宮を発見したところから始まり、調査に乗り出した帝国の精鋭が匙を投げたこと、損害に堪え兼ねた元老院が迷宮探索事業の一部民営化を決定し、現在に至るということ。

 さらにはその間に起きたカッシウス暗殺未遂事件や、調査隊の失踪事件などなど――。


 ロドリックの語る物語は、リーリアにとって興味深いものばかりだった。それは師匠の行方を指し示す手がかりになるから、というだけではない。少なくとも、一時間の道のりを苦にしない程度には、退屈せずに済む見事な語りだった。


「あんた、こんなところでくすぶってるより、政治家にでもなった方がいいんじゃない?」


「勘弁してくれよ、どこの世界に自ら民衆に嫌われ、無能呼ばわりされる職に就きたがる人間がいる?」


 ロドリックは否定したが、彼の語りはヘンテリックスにも衝撃を与えたようだ。


「政治家でも弁護士でもないのなら、その語りはどこで何のために学んだんだ?」


「教えて欲しいか?」


「可能なら」ヘンテリックスは頷いた。


「お前ら魔術師を論破して、信仰心を揺るがすためさ」


 ロドリックはそう言うと笑った。からかわれたと気付いたヘンテリックスがむすっとする。


「でも、こんな呑気におしゃべりしてて、大丈夫なの? 平和ボケしてるわね」


 リーリアはたった今すれ違った探索者の一向を一瞥しながら言った。彼らも同じように、和気あいあいと鼎談しながら歩いていた。リーリアが以前居た遺跡からすると信じられないような光景だった。


「第一階層は探索者で溢れてるからな、ちょっとした魔獣が下層から上がってきたところで、袋叩きにされて終わりさ」


 リーリアの声は、すれ違った探索者らに届いていたらしい、怪訝な顔で振り返った同業者に、ロドリックが頭を下げながら先へ進む。


「まだ民間事業になってから数か月程度なのに、よくこんなに人が集まってくるもんね」


「ここは遺跡が見つかる前から、ある程度の都市だったからな、オリエンティウムと違って、生活の基盤ができている。人が集まるのにそう時間はかからない」


 目的の場所は近いのか、大勢の人の気配を感じると同時に、すれ違う人の数も増えてきた。

 狭い通路だ、すれ違う度にロドリックが陽気に挨拶しながら切り分けるが、リーリアのような都会の魔術師は、帝都以外に住む人間に対して礼を尽くしたりしない。すれ違う度に、裾がふれあい、肩がぶつかり、苛立ちを向ける。


「そこを曲がった先が目的地だ」


 ロドリックが指さした。リーリアがエーテル時計を見ると、確かに一時間強経っていた。なんだかあっという間だった。


「ここが第一階層のちょうど中間地点、通称大穴だ。休憩所代わりになっていて、いつも大勢の探索者が集まってる」


 角を曲がった先にあったのは、広場のようなひらけた空間だった。

 壁沿いにぎっしりと天幕が並び、多くの探索者たちが、食事や飲物片手に談笑していた。中央には何やら周囲をロープで囲まれた空間がある。あれが大穴だろうか。リーリアが好奇心に引かれて広場へ入ると、ロドリックが言った。


「ひとまずここで、おれたちも休憩しよう」

 

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