第6話
「これが迷宮……」
迷宮の内部はリーリアの想像と違い、現実に則した堅実な造りとなっていた。周囲はごつごつした土壁に囲まれており、くねった狭い道を坑木が支えている。ここだけ見ると、まるでただの、古い坑道跡のようだった。
「どうした?」
浮かない顔のリーリアを、ロドリックが怪訝な顔で覗き込んだ。薄暗い洞穴の中だと、この男の陰のある顔立ちが際立つ、きちんと髭を剃って、髪をもう少しさっぱりさせれば、男前だと言える部類にはなるだろう。特に目元の感じは、師匠が好きそうなタイプの顔だ。
「以前、東世界で調査したエゲルの遺跡とは、ちょっと感じが違ったから」
リーリアはほんの一瞬、脳裏をよぎった如何わしい想像を振り落としながら言った。
「東世界の遺跡っていうと、もしかしてフラウィウスの塔か?」
「うん、もしかしてあんたも居た?」
「いや、だが話は聞いたことがある。数年前に帝国が単独で攻略したエゲルの遺跡だろ?」
「そう、私はそこに居たの、でもこの迷宮とは似ても似つかない場所だったわ」
リーリアはそう言いながら、杖の先で土壁を削った。
「おれはここが初めての遺跡だからよくわからんが、第2階層からガラっと光景が変わるぜ、そこならもしかするとフラウィウスの塔と共通点もあるかもしれない」
「それならなおのこと早く行かないと、案内よろしくね」
「おい、気を付けろ。魔術師が先頭を歩くなよ」
ロドリックの忠告など意にも介さず、リーリアはスタスタと歩き出し、ロドリックが慌ててそれを追った。そんな中、ヘンテリックスだけがその場に留まり、何やら壁や坑木を注意深く観察していた。
「どうしたのよリックス、早く行くわよ」
「ここ、なんかおかしいな」
「おかしくない、さっさと行くよ」
「ちょっと見てみろってこれ」
ヘンテリックスは指先まで隠れるほど長く伸びた外套の袖で、坑木の中央辺りを一生懸命擦りながら続けた。
「ほら、やっぱり! イリーニャ派の紋章魔術の跡がある」
ヘンテリックスが驚きと自信に満ちた無邪気な瞳を輝かせた。
また始まった。リーリアはため息をつきながら、ヘンテリックスに歩み寄る。
「そうね、すごいね、イリーニャ派は各会派の中でも、最も歴史のある魔術会派だもんね、エゲル紀の遺跡にも、必ず痕跡があるもんね。もう分かったから、さっさと行こ? ね?」
リーリアは子供を諭すように、ヘンテリックスの肩に手を置いた。この発作のような癖さえなければ、ヘンテリックスは何の文句もない、優秀な魔術師なのに……
どうもイリーニャ派の魔術師は、各地に残った史跡や文化にかこつけて、ことあるごとに自分たちこそが魔術の起源だと主張しないと気が済まない集団らしい。
「イリーニャ派が、原初の魔術を扱う偉大な会派だってことは当たり前だよ、でも俺が言ってるのはそういうことじゃなくて――」
「うんうん、そうだね」
「いいから聞けって! この紋章さ、かなり巧妙に隠されてるけど、構築方法が新しすぎるんだって。まだ会派では理論段階で、実用には至ってないはずの構築方法なんだよ。こんな古い遺跡で使用された形跡があること自体がおかしいんだって」
「うんうん、イリーニャ派は古代から、完全に完成された魔術会派だったんだね、すごいよ、だからもう行こ?」
「クソ、もういいよ。これだからティティア派のやつらは……」
ヘンテリックスは口を尖らせて、リーリアの後に続いた。
「痴話喧嘩は終わったか? まずは大穴と呼ばれるポイントまで行こう、そこまでいったらいったん休憩だ」
リーリアとヘンテリックスの会話の終わりを見計らって、ロドリックが口を開いた。
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