第5話
「それで、あんた、どのくらいまで行ったことあるの?」
受付を済ませ、衛兵の間を通り、アトリウムの奥から迷宮へと続く狭い階段を下っている間、リーリアは前を歩くロドリックに尋ねてみた。
「迷宮のことか? もちろん第3階層まで」
「こっからだと何日くらいで行けんの?」
「大体二日あれば行けるだろう、急げば一日で行けないこともないが……まあ、最初だし無理することはない」
「ふうん――」
含みのある言い方だった。まるでリーリアとヘンテリックスが一緒では、時間が掛かると言わんばかりの。なんだかやな奴。
「つまり、大した距離じゃないってことね」
プライドを刺激されたリーリアが、負けじと言った。
「それどころか、迷宮が発見されてから、もう1年近く経つっていうのに、まだその程度の距離しか進めてないなんて、あんたってジルダリアの騎士だった割に、案外大したことないのね」
負けん気の強さでは、リーリアは既に一級魔術師の域に達していた。ジルダリアの騎士は、魔術師殺しに特化した集団だと聞いたことはあったが、実際に会ったのはロドリックが初めてだった。そして一目でわかった。この男の魔力は低い。だからこそ、金属や魔道具で武装しているのだろう。愚かで哀れな魔術師だ。もし自分が、せっかくエーテルに愛され世界の真実を垣間見る権利を得たのに、この男と同じ程度の魔力しか持ち合わせていなかったらと思うと、想像するだけでぞっとした。
「正直、おれが大したことないってのには同意だ。実際、ひとりで第3階層まで行ったときも、魔獣や妖精種から逃げ回ってようやくってところだった。ただ……現状、誰一人として、第3階層より下の階層に行けてないってことは分かってくれ」
ロドリックはあっさりと白旗を上げた。
「それ、ほんと?」
だがリーリアが驚いたのは、ロドリックの気の抜けた態度ではない。
「なんだ、本当に知らなかったのか?」
「どうして第3階層より、下に行けてないの?」
「通せんぼする意地悪なやつがいるのさ」
「真面目に答えてくんない?」
「妖精種――たぶん、分類学上はそうでいいはずだ。そいつが行く手を塞いでいる。通ろうとする探索者を襲って食っちまうんだ」
どうも歯切れが悪い。眼下に門が見えてきて、リーリアは立ち止まった。後ろでずっと無言だったヘンテリックスが、いきなり止まるなと文句を言い。その声でロドリックが振り返った。リーリアは言った。
「別に、その妖精種を倒せなくても、誰か通り抜けたりできた人は居ないの?」
「そういった話は聞かないが、もしかしたら居るかもしれない」
リーリアは師匠からの手紙を思い出していた。今まで師匠が集めてきた財産を、ほとんど使って、ようやく手に入れた〝あれら〟は、そのために必要なのだろうか。
「もしかして君ら、ここには金目当てじゃなく、誰かを探しに来たとか?」
「別に、あんたには関係ないでしょ」
「知ってることなら協力できるかもしれないぜ」
リーリアは無言でロドリックを押すと、歩みを再開させた。
「人を探してる。アイラっていう魔術師」
「ああ、直接面識はないが、聞いたことはある。この迷宮探索事業がまだ公共事業だった頃から居た魔術師だろ?」
「そう、彼女を探してる。この迷宮で行方不明になったらしいの」
「現状では、探索完了宣言が出されていないのは第3階層だけだ。探すなら第3階層を中心に探索した方がいいかもしれないな」
その言葉には、少し慰めるような響きが含まれていた。ロドリックの言わんとすることは分かる。行方不明になったのも、手紙が届いたのもずっと前の話だ。でもリーリアは簡単に諦めるつもりは無かった。
「もうそろそろだ」
長い階段も終わりを迎えようとしていた。下りるごとに温度が下がり、空気は硬くなっていた。いつの間にか吐く息に微かに色が付き、大きな扉が鎮座する踊り場に着いたときには、春の空気はもうすっかり、遠く去っていた。
門の両脇に立つ衛兵に対し、身分証明を済ませると、門が重そうな音を立てひとりでに動いた。
「開いたらさっさと入れ」
衛兵に促され、リーリアたちは迷宮に足を踏み入れた。
そのとたん、背後で扉が閉められる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます