第4話
翌日になっても、リーリアに話しかける者は居なかった。探索者の世界は狭い、悪い噂はあっという間に広がる。リーリアはアトリウムに併設された食堂の一画で、朝からひとり孤独に蜂蜜水を飲み続け、ひとけが無くなると宿に帰る。そんな日々を三日ほど続けることになった。
そしてとうとう仲間は諦めて、ヘンテリックスと二人で迷宮に潜ろうと決めたその日、アトリウムの受付前で、一人の男に話しかけられた。
「仲間を探してるんだって?」
「別に、もう探してない」
「気に入った相手が見つかったのか?」
「よくよく考えたら、足手まといなんか必要ないって思っただけ」
「少しは役に立てそうな気がするんだが」
リーリアは顔を上げた。男は中年に差し掛かったくらいの年齢か、背は高過ぎず、痩せ過ぎず、いかにも自信ありげに口角を上げていたが、リーリアの目に留まったのは、その乾いた瞳の色だった。
「何が得意なの?」
「そうだな――」
男は腕を組み、リーリアの体を上から下までじっくり見ると、ひとりで納得したように頷いた。
「着痩せするタイプだろ?」
「ふざけるなら消えて」
「悪い、冗談だよ。しかし得意なことか……なんだろうな」
「その剣、両手で持つの?」
リーリアは男が腰に下げた剣に目をやった。小ぶりだが、微かにエーテルの流れがある。
「いや、片手だ」
男は言った。
「じゃあ、なんで丸盾を腕に固定してるの?」
「左手は別のことに使いたいからだよ」
「どういうこと? また変な事考えてるのなら吹っ飛ばすわ」
男は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑いだした。
「何を想像したのか聞く気はないが、愛を語るときは、相手が自分自身だったとしても、普通は利き手でやるもんだ」
「もういい、気色悪いからあっちいって」
リーリアがヘンテリックスを呼びに行こうと踵を返そうとしたとき、不意に周囲のエーテルが男の周囲に引き寄せられた。
「タクチェクタ派だ、おれは左手で印を編む。帝都の奴らにはネブリウムス派と言った方が分かりやすいか?」
リーリアは目を丸くした。
「タクチェクタ派でいいわ、噂では聞いてたけど、実際見るのは初めてだわ……っていうかあんた、魔術師なのに武装して、しかも
「信仰心が薄いんでな」
ということは魔力も低いということだろうか……普通、高位の魔術師ほど、自らの魔術に信仰を捧げるために、過度な武装や魔道具を遠ざけるものだが。どちらにせよ、魔術の嗜みがある前衛というのは珍しいし貴重だ。あとはこの男の素性さえしっかりしていれば。
「出身はどこ? どこで魔術を習ったの?」
「ジルダリアだ、魔術もそこで習った」
リーリアは男の胸倉に手を伸ばすと、ぐいっと下に引っ張り、その目を覗き込んだ。
「おいおい、こんな公の場で、見た目に寄らず積極的なんだな」
「黙ってて、息が臭い」
最初見たとき、やけに乾いた印象を受けた瞳の謎が分かった。ジルダリア、そして武装した魔術師、いや魔術師もどき、そういうことか。
「あんた、ジルダリアの騎士ね」
「おお、若いのによく知ってるな」
「なんでこんなところに居るの?」
「まあ、おれたちも一枚岩じゃないってこった。帝国様と一緒でね」
「目的はなに? お金? それとも政治?」
「もちろん金さ、だがおれも君たちと同じあぶれ者でね、どうしても一緒に付き合ってくれる仲間が欲しかったのさ」
「あんたも何かあったの?」
「そうだな、だが長い話になりそうだ、どっかで飯でも食いながら話さないか?」
リーリアは、ふらふらしているヘンテリックスを呼びつけると、男に告げた。
「その必要はないわ、今から私たち三人で迷宮に行きましょう。話ならそこですればいいわ」
「そりゃよかった。お嬢様がお気に召されたようで何よりです」
男はわざとらしく、深々と頭を下げた後、名を名乗った。
「名乗るのが遅れたな。おれはロドリック。ルキウス・エミリウス・ロドリックだ。どうかよろしく」
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