第3話

「そのため当ギルドでは、ギルド員による迷宮探索に関しては、事故を防ぐためにも、3人以上のチームでの探索を奨励しております」


 颯爽と探索ギルドの門を開け、ギルド加入手続きを済ませたリーリアとヘンテリックスだったが、中央のドーム状アトリウムにある受付で、思わぬ壁にぶち当たっていた。


「で、でも、それって、あくまで奨励でしょ? 別に私たち二人で、探索してもいいのよね」


「まあ……規約上はそうですが、そうなるとギルドの傷病保険の適用外になってしまいますが、よろしいでしょうか?」


 受付嬢が見せる困惑した表情に、リーリアは柄にもなく躊躇いを隠せないでいた。


「迷宮は地上と違って、見通しが悪く、狭い通路も多いので、出会いがしらでの事故が絶えません。お二人のような有望な魔術師に、このような辺境都市でお怪我でもされますと、私どもとしても帝国に申し訳が立たないのです。もしよろしければ、頑丈だけが取り柄の無頼漢でも肉壁代わりに雇ってはいかがでしょう?」


 受付嬢の巧みな話術に、リーリアが乗せられるまでそう時間はかからなかった。ここに来るまでに、師匠の足取りを追って街中を練り歩いた挙句、まさかと思い、先ほど探索ギルドに問い合わせたところ、数か月前から迷宮探索中に行方不明になったとの回答を得た。

 あれほど完全な魔術を駆使する師匠が、地上へ戻れなくなるほどの遺跡――それがヴンダール迷宮、そう考えると、リーリアは自然と足がすくんでしまった。


「ね、ねえ、リックスはどう思う?」


「ん? ああ……そうだなあ」


 ヘンテリックスは文字通り、上の空だった。どうやら透明な膜に覆われた天井を持つアトリウムの構造に興味を惹かれたようで、先ほどからずっと上を向いて、会話にまともに参加しようとする様子が見られない。


「チームメンバーの募集はあちらの食堂で行っております。酒類以外であれば、飲み物も各種無料で揃えておりますので、ごゆるりと皆さんでお話をしながら、信頼できる相手をお探しください」


 促されるまま、リーリアは食堂に案内され、席に着いた。受付嬢が二言三言、係の者と言葉を交わすと、ほどなくして一人の男が向かいの席に着いた。どうやらこの男が肉壁候補らしい。


「嬢ちゃんが、新米の探索者かい?」


 男は見るからに品がなかった。首元まで伸ばした口ひげには、いつからあったのか分からない食べカスがこびり付いていたし、装備の隙間から見える二の腕にはたっぷりと脂肪がついていた。

 ちなみにヘンテリックスは、席にも着かず、その辺をふらふらしている。


「まあ、俺に任せておけば安心だ」


「出身はどこ? 軍属経験は?」


「は?」


 リーリアからの突然の詰問に、男は呆けた顔をした。


「だから、あんたの出身と経歴を聞いてんの」


「そんなこと、嬢ちゃんに答える必要ないだろ」


「だったら消えて、どこの馬の骨とも知らないおっさんを仲間にするつもりなんてないから」


 それでも男は、まだ年相応の精神年齢を持っていた方だろう、机を叩き、数言罵声を吐くだけで、席を立った。


 問題は次にやってきた男のほうだった。


「あんたの出身と経歴は?」


「帝国出身、5年間軍属していた」


 あまり特徴のない男だ。短く刈り込んだ髪、中肉中背の体に、短めの剣を下げている。装備の汚れが多少気になったが、リーリアはそのまま詰問を続けた。


「どこの軍?」


「えっと、第3軍団だったかな」


「第3軍っていうと、エルヴァニア? それともオリエンティア?」


「エルヴァニアだ」


「そう、ところで、その剣はあんたの?」


「ああ、そうだが」


 男は左手で、腰に下げた剣に触れた。


「軍で支給されてるのとは違うのね、いつどこで手に入れたの?」


「そんなことまで聞いてどうするんだ?」


 男は首を振ったが、リーリアは無言で答えを待っていた。


「そこまで言うんなら、こっちも質問していいってことだよな? 随分若いみたいだが、お前こそどこの魔術師なんだ?」


 リーリアは無言を貫いた。


「何とか言えよクソガキ」


 男は剣を抜きながら立ち上がった。


「質問してるのはこっちよ、さっさと答えて。碌に手入れも出来てない、そのなまくらはどこの馬鹿が選んだの?」


 一切ひるまないリーリアに、男は顔を真っ赤にして、剣を振り上げた。衛兵は異変には気づいているが、まだ遠い。近くに座っていた数人の男が立ち上がる。巻き込まれないよう逃げるつもりなのか、はたまた年若い娘を助けようとしているのか、どちらにせよ剣が振り下ろされる速度には適わない。


夜行障壁パリウム


 だがリーリアがたった一小節、詠唱を加えただけで、男の剣は中空で動きを止めた。四大属性が顕現した様子は見られない。にもかかわらず、魔力を持たない眼前の男の瞳にも、薄暗く映る不思議な障壁が、リーリアの体を包み、男の剣を止めていた。


「だから言ったでしょ、なまくらだって」


 ようやくやってきた衛兵が、男の後頭部や足を棒で殴りつけて連行していく。そしてそれ以降、誰もリーリアの向かいに座ることはなかった。

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