第79話 隠世の淵 ④
「準備、できました」
後方にいたカレンシアが隣に躍り出たのは、アイラが氷の壁を補強しながら、きたる障壁の崩壊に備えてじりじり後ずさり始めたときだった。
アイラからは若干の安堵の色が読み取れた。しかし、カレンシアは杖を掲げたまま、なかなか〝夜明け〟を放とうとしない。
「もう、壊れるよ」
痺れを切らしたように、アイラが攻撃を促す。氷壁は既に、至る所から湯気が立ち、端々から崩れ初めていた。それでもカレンシアは浮かない顔のまま、ひとり考えを巡らせているようだった。
「障壁!」
決断を終えたのは数秒後、信じられないことに、カレンシアは攻撃ではなく、崩れかけの氷壁を支えるように障壁を展開させた。しかも新たに魔術を構築する時間が無かったのか、比較的簡素な障壁を、魔力にものを言わせて幾重かにしただけのものだった。
「え? 何、どうしたの?」
「魔力が減りました」
「うそ、今? どのくらい減った? 向こうから魔術的な干渉はあった?」
それでも支えが出来て、幾分か楽になったのか、アイラは両手でしっかり握っていた杖を片手に持ち変え、額の汗を拭いながらカレンシアに問いかけた。
「約1割弱、魔術換算すると、出力を上げた〝夜明け〟1発分ほど、魔力が奪われました。相手からの魔術干渉は感じ取れません。でも、確実に何かされた気がします」
「そういうことね」
アイラは薄い笑みを浮かべると、再度氷壁の維持に集中する。攻撃はいっそう激しくなり、二人とも黙ってしまった。
「攻撃が条件ってことか」
女ふたりは〝ならざるもの〟の攻撃を防ぐので手一杯、となるとこの現象の仕掛けを考えるのは、必然的におれの役目となる。あまり得意な方ではないが、この際仕方ない。おれは全員で情報を共有できるよう、声に出しながら考えを整理した。
「カレンシアもおれも、魔力が減ったのは攻撃の直前だ。おれはすっからかんにされて、カレンシアは1割。そしてアイラだけが攻撃に成功し、魔力も奪われなかった……」
二人とも聞いてくれてるのか? よもや、こんな切迫した状況で独り言を発し続ける間抜けだと思われてないよな? おれは少し不安を感じつつ続けた。
「今おれがふと思いついたのは、火力が条件の一種になっているんじゃないかってことだ。カレンシアが使おうとした〝夜明け〟は火元素最上級の魔術で、使用したエーテル量から考えても威力は申し分ない。おれの使おうとした〝装剣技〟も、防御不能という特性を加味すると同じく威力に問題はなかった。一方アイラの攻撃は、一撃の威力よりも連続性を重視したものだ」
「つまり、ある一定の火力を超えた――いや、超えそうな攻撃をしてきそうな時だけ、魔力を奪ってそれを阻止するってこと?」
アイラが割り入るように声を上げた。魔術の威力が劣っていたことを指摘されたのが不満だったのか、どことなく不貞腐れているようにも聞こえる口調だ。
「こじつけにも近い推論だがな。今はそう解釈するしかないだろう。問題は打開策だが……」
おれは氷壁の向こう側で暴れているだろう〝ならざるもの〟の姿を想像した。印象深いのはあの顔だ。巨大な口、耳、そして目。
――そうだ、あの何もかも新鮮で美しく映る若造のような瞳。もしおれたち人間と同じように、視覚でエーテルを感知し、魔術規模の多寡を推察しているのならどうだ? 対策方法はいくらでもあるはずだ。
「アイラ、氷柱をそこら中に突き立てて、死角を大量に作ってくれ。おれはうまく身を潜めて奴の背後を取る、カレンシアは先んじて奴の気を引いてくれ」
二人は頷いた。方針が決まれば善は急げだ。アイラは崩れた氷壁から氷柱を再生成し、〝ならざるもの〟を囲むように突き立てた。氷壁は更に薄くなったが、その分をカレンシアが負担することで、引き続き攻撃を防ぐことが出来ていた。
「あとは任せたぞ」
おれはアイラのケツを軽く叩くと、氷柱の一つに身を翻した。
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