第77話 隠世の淵 ②
(エーテルは、それを信じる者にのみ、恩恵を授ける)
これは魔術を扱う者への心得として、あるいは戒めとして、歴史上幾度となく発せられた言葉だ。
おれは家柄、魔術信仰が強いほうではない。いや、そもそも信仰と呼べるほど崇高なものなど、最初から持ち合わせていないのかもしれないが、それでも血族の魔術の根幹を支えているのは、魔術に対するある種の信頼だったり、信条だったり、そういったものであることは間違いない。
だから、マルスに祈れ。おれはそう口に出しつつ、エーテルそのものに対しても、祈りを捧げていた。困った時だけ祈るなんて、都合がいいと思われるかもしれないが、それでもおれの魔力に縁を感じて集まってきてくれたエーテルたちだ。普段より少しだけ、格好いいところを、アイラに見せてやってくれ。
「解除!」
アイラが叫んだ瞬間、氷の壁が崩れ、それと同時におれは剣を思いっきり薙いだ。装剣技二重装によって、剣身を覆うエーテルは、10メートルほどにまで伸びている。装置ごと、這い出てくる〝ならざるもの〟を真っ二つにできる大きさだった。
おれは信じていた。第2次ラーマ戦争から始まり、アルヴニア戦役や北方戦争を越え、今も脈々と受け継がれるエミリウス家の偉大なる功績の数々を、鍛えた剣が、剣筋が、目標を通り抜ける具体的なイメージを、それらすべてを強く信じながら、剣を振り抜いた。
――自分がとんでもないことをやってのけたと気付いたのは、腰の回転が終わり、振り抜いた腕がちゃんと自分の左脇に収まっているのを確認出来てからだった。
おれは雄たけびを上げた。剣は誰にも邪魔されることなく、信じたとおりの軌道を描いていた。
「見たか! これがエミリウスだ!」
神々ですら、おれの剣を止めることなどできなかったのだ。装置は真っ二つに、ならざるものも、その馬鹿みたいにでかくて、気色の悪い顔が真っ二つに引き裂かれ、声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「解除!」
アイラが叫んだ。氷の壁が崩れ、それと同時に、ならざるものが姿を現す。
「ロドリック、早く!」
おれはハッとして、装剣技を発動させた。ワンテンポ遅れてしまったが、まだ間に合う。固有魔術によって伸ばした剣身で、装置ごと、這い出てくる〝ならざるもの〟を真っ二つに切り裂いた。
「見たか! これがエミリウスだ!」
おれは雄たけびを上げた。神々ですら、おれの剣を止めることなどできなかったのだ。
「解除!」
アイラが叫んだ。
「ロドリック、早くして!」
おれはハッとして、装剣技を発動させようとする。
しかし、自前の魔力がもう僅かしかないことに気が付いた。いつの間にこれほど消耗した? おれは咄嗟にメロウの涙から魔力を引き出し、装剣技を発動させる、手順を急いだせいで、余分に魔力を引き出してしまったが、今はとにかく急ぐしかなかった。
〝ならざるもの〟が、その不自然なまでに巨大な、黒い腕をもたげる。
おれは装剣技で剣身を伸ばしながら、なぎ払いの動作に入った。間に合え! とにかく今はただ、間に合ってくれることだけを祈った。
「見たか! これがエミリウスだ!」
〝ならざるもの〟の黒い腕が振り下ろされるより先に、おれの剣が装置ごと奴を引き裂いた。神々ですら、エミリウスの剣を止めることなどできなかったのだ。
「解除!」
アイラが叫んだ。
「ロドリック、早くして!」
おれは、装剣技を発動させようとするも、バランスを崩し、その場に膝をついた。
なんだこれ……。
おれは立ち上がろうとして、次はしりもちをついた。全身が気怠い。
まさか、これは、魔力欠乏症? しかし、なぜ? いつ、魔力を使った?
おれは腰から下げたメロウの涙に入っている魔力残量を確認した。あれだけ毎日必死で貯めた魔力が、いつの間にか3割ほど使用されていた。
「ロドリック! 逃げて!」
顔を上げる。
〝ならざるもの〟が、その巨大な腕を振り下ろそうとしていた。
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