第74話 ヴンダール迷宮 最下層 ⑤

 おれとカレンシア、そしてアイラは装置の前に立っていた。


「イグさんの目的は、ヴンダールという方を生き返らせることだったんですね」


 入口である棺の付近で体を休めているイグと、ヴンダールを眺めながら、カレンシアがぼそりと呟いた。


「正確にはカッシウス家の目的だろう、あの狸おやじ、最初からこれが望みだったんだ」


 おれは言った。


「じゃあ私たちも、目的達成のために、装置を起動させる?」


「ダルムントを生き返らせるのか?」


「ええ、幸いにも、代償として記憶を失うなんてことはなさそうだしね」


 アイラは視線でイグを指しながら言った。


「イグで試したのか」


「当然でしょ、貴方の記憶の欠落が、かつて装置を使った代償である可能性もあった。となれば最初はイグにやってもらわないと」


「これで最悪の結末は免れたってわけだ、それで次は?」


「貴方が決めるといい、ダルムントを生き返らせてみてもいいし、このまま放っておいてひと眠りしたっていいし」


「装置を起動させても、ダルムントの死体がもう一つできるだけだろ?」


「それはどうかな」


「というと?」


「こんな迷宮の奥深くに、わざわざ無から死体を作り出す装置を作るなんて、よっぽど酔狂な人間じゃないとやらない。私たちの使い方に問題があると考えたほうが自然だよ」


「ちゃんと使えば、生き返った状態で出現するってことか」


「仮に貴方が、かつてここに来た際、この装置を使ってシアを生き返らせたのなら、今回も同じ方法でダルムントを生き返らせることができるかも」


「だが装置を起動できるのはカレンシアだろ?」


「貴方もできるのかもよ、貴方とシアは従姉弟でしょ?」


「はとこだ」


「そこは今、問題じゃない」


 おれはどうするか決めかねた。口に出せば、どの口が言うんだと批判されそうだが、おれは自然の摂理やらなんやら、普段のおれらしくないことを考えていた。こんなことをしたら、とんでもないしっぺ返しを食らうんじゃないか、その場合だれがおれを裁くのかは分からないが、漠然とした不安が胸の奥で渦巻いていた。おれは自然とカレンシアの方を見つめていた。彼女の意見を、聞きたかったんだ。


「私は……私のことを知るためにも、貴方に知ってもらうためにも、この装置を一度、使ってみてもいいかなって、思ってます」


 カレンシアはそう言いながら、出会った時から身に着けていたネックレスを、おれの首にかけた。見覚えがあったが、ついにその出所が分からなかったネックレスだ。彼女はこれを、元々はおれの物ではないかと思っている節があった。


「似合ってるか?」


「まあまあですね」


 漠然とした不安は、不安のまま胸に残っていたが、得体の知れない使命感のようなものがそれを押しとどめていた。


「やるだけ、やってみるか」


 そしておれは装置の、イグが先ほど触れた場所と同じところに、左手を当てた。

 装置自体をエーテルだと意識し、そこに魔力を流し込む。ようはアーティファクトを使用するときと、同じ要領だ。それに関しては一般的な魔術師よりも、おれやイグのほうが一日の長があるといえる。


 装置が動いたのは、そのおかげかもしれない。


「ここまで来たら、もう後戻りできないぞ」


 様々な音を立てながら、中心部にある巨大なガラス容器に、肉の塊を作り出していく装置、それを前に、おれは胸騒ぎを隠せないでいた。おれだけじゃなかったかもしれない、みな固唾をのんで見守っていた。


 ガラス容器からダルムントが出てきたのは、ものの数分だった。


 だが、おれたちの期待に反して、ダルムントは動かなかった。ダルムントの姿はおれが最後に見た時と同じだった。違うのは目立った外傷はないところくらいか、当然呼吸はない。


「ダメだった」


 おれは酷い罪悪感に苛まれた。2度も同じ戦友を死に追いやってしまったような気がしたからだ。


「呪歌、もう一度、使ってみようか?」


 アイラがおれを慰めるように声をかけてくれたが、おれは首を横に振った。これ以上彼の命を冒涜したくなかった。


「ただ死体を作るだけの、なんの役にも立たない装置だったな」


 おれはイグに聞こえないよう小声で言った。


「未完成だったのかな」


「だとしたら、おれの記憶や、シアやカレンシアは、この迷宮と何の関係もなかったってことか?」


「全く関係なかったとは、考えにくいかな……」


 アイラはダルムントの死体や、装置の隅々を観察しながら呟いた。


「何か要素が足りてないのかも、私も試してみようっと」


 アイラはおれにダルムントを担いで少し離れるよう言うと、矢庭に装置に触れた。大方の予想に反して動き出した装置を前に、当の本人であるアイラも、驚きを隠せずこちらを振り返った。


「誰が触っても動くのか……」


「そうみたい」


「何を願った?」


「小さいやつ」


 煙と音と共に、装置から出てきたのは、ひっくり返った蛙だった。


「このくらいの生物なら、もしかしてって思ったけど、やっぱり駄目なんだね」


 こうなってしまうと、もう手の打ちようがないように思えた。

 現実というのは、巷に溢れている冒険小説のように、迷宮の深層で今までの伏線が怒涛の如く回収されたり、どんでん返しが起こって抱えていた難題がすべて解決したり、そんなことは一切起こらない。

 実際は、謎は謎のまま残って、いずれみんなが忘れたころに、どこかのインテリ魔術師が机の上だけで謎を解き明かしたり、選挙を控えた政治家が票集めの一環で解決したり――それすらも、現実では日報の隅っこにちょこっと書かれているだけで、むなしいが、それにすら気づかないまま終わるのが、現実の最終回だ。


 つまり、ヤマもなければオチもないこの話も、ようやくここで終わるってことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る