第59話 探索者たちへ ③

 おれたちは鉄柵と銅板で囲われた、第5層の休息所に戻っていた。

 ここはおれたち探索組をサポートするため、カッシウス家が金にものを言わせて維持している第5層最後の休息所だ。定期的な魔獣の急襲から休息所を守るため、24時間体制で多くの探索者たちが警らを行い、毎日のように食料品や武具、建材などが運び込まれている。


 おれたちは食事を済ませると、各々のテントの中に引っ込んだ。前に来た時より休息所が広くなっているため、個別のテントを広げられるようになった分、多少はマシに過ごせるようになっていた。おれはテントで待っていた奴隷に武具を預けると、葡萄酒を煽りながら寝袋に転がった。そのうちニーナかカレンシア、アイラ辺りが転がり込んでくるだろう。それまで少しでも体を休めたかった。


 ※※※


 横になってどのくらい経ったのだろうか。テントの垂幕に付けた鐘が鳴って、おれは体を起こした。


「ロドリック、失礼します」


 入ってきたのは、イグだった。こいつをテントに入れた見張りの奴隷はあとで叱っておくとして、たとえアーティファクトを埋め込む前の、中性的で美しい顔立ちのイグだったとしても、おれには男を抱く趣味はなかった。むろん相手も同じだろう、となるとおれのテントに入ってきた理由は、先ほど言い足りなかった文句の続きを言うために違いない。


「見れば分かるだろうが休息中だ。用がないならさっさと出て行ってくれないか? もちろん用があっても出て行ってもらうがな」


 おれは再度、寝袋に体を横臥させ、心身ともに対話に応じるつもりがないことを主張した。


「探索方法の変更を提言させていただく参りました」


「却下だ。出ていけ」


「このままいくら亡霊を倒しても、期待した成果を得られるとは思えません。貴方もそれには薄々気づいているのでしょう。それでもこの調子で消極的な探索を続けるのであれば、それはテリア様に対する背反行為とも取れます」


 イグは構わず自分自身の主張をつらつらと述べ始めた。こいつこそ、端からおれの意見なんて聞くつもりはないようだ。そっちがそのつもりなら、こちらも本気を出させてもらうぞ。おれは寝袋に顔を埋め、寝たふりを決め込んだ。


 イグはおれの返答がないことに、軽く舌打ちしながらも構わず続けた。


「亡霊を避けながら柱廊を直進し、奥の大穴から底へ降りるのはどうでしょうか。フィリスの記録によれば、一度大穴に降りてしまえば亡霊は追ってこないようですし、穴の外壁には底まで続く螺旋状の階段があるとのことです」


 無視してもよかったが、おれも疲れていたせいか、イグの無責任な提案に、つい反論してしまった。


「階段があるのは知ってるし、おれも最初に第7層に行ったときはそのルートを使用した。だが、外壁を伝って大穴の底まで降りたとしても、結局は穴の中央から棺へ続く柱を上らなければいけないんだぞ。柱を上って浮島みたいな棺に顔を出した瞬間、亡霊に襲われたらどうする? 退路が確保できてない分、それこそひとたまりもない。そもそもだ、現状おれたちの戦力では大穴まで到達するのは不可能だって話だったろ」


「そうでしょうか? ルートの構築を諦めれば、不可能ではないと思いますが」


 おれは耳を疑った。拠点の構築を行わずに、大穴まで行くということは、ある意味帰路を捨てるということでもあった。


「棺が開かなかったらどうする? 途中で亡霊に障壁を破られたら? 仮に、無事第7層へ辿りつけたとしても、その方法じゃあ、おれたちは帰れるかどうかすら分からないんだぞ」


「そのときまでには、ハリード様の応援が来るはずです」


「不確定な要素ばかりを積み上げて、計画を立てたと言い張るのはどうかと思うがな」


 おれは立ち上がった。


「とにかく、おれは今のままのやり方を続ける。この世界に無限のものなんて存在しないんだ。根気強く倒し続ければ、必ず亡霊に何らかの変化が現れる」


「それはいつですか? 数日後? それとも数か月後?」


「数年後かもな!」


 何か反論しかけたイグの胸倉を掴んで、おれはテントの外へと押しやった。話し合いは決裂し、これで当面の面倒ごとは解決できたと、おれは思っていた。違うと気が付いたのはその四日後。大量に集まってきた探索者たちの姿を見てからだった。

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