第58話 探索者たちへ ②

 第6層の様子は依然として変わりなかった。長くて狭い階段を下りた先、冷たく重い扉を開けると、目の前に広がったのは、パルミニアの一番広い通りよりも、更に一回りは広いであろう柱廊だった。


 真っ直ぐに続く道の奥には、円錐状の柱が一本、糸のように中空に向かって伸びており、柱の上にはおれたちの目標地点でもある、祭壇のような四角い物体が乗っかっていた。フィリスはこれを棺だと言っていた、ここからだと豆粒程度の大きさにしか見えないが、今回はおれたちもそれに倣うとしよう。


 おれたちは退路である扉を開けたまま、第6層の入口付近で隊列を組んだ。

 目標地点である棺が、辛うじて肉眼で確認できる程度の大きさなのは、それだけ距離が離れているということなのだが、そこにたどり着くためには、単純な距離以上に、困難な問題が立ちはだかっていた。


 その一つが亡霊どもの存在だ。対処には随分と慣れてはきたが、根本的な解決策は未だに見いだせていない。

 仮に亡霊どもを何とかしたところで、棺の周囲は広く深い大穴で囲われている。棺を支えている柱は、さながら湖に浮かぶ孤島だ。本来の計画では、スピレウスのアーティファクトで飛び越えるつもりだったが、今となってはそれも叶わない。


 つまるところ、おれたちは全く手詰まりの状態で、第6層に立っているということでもある。


 そうこうしている間に、亡霊どもが奥からわんさかやってきた。アイラは障壁を張り、カレンシアが杖先に光を集め始める。障壁を嫌って亡霊が突き破ろうと動きを止めたところを、カレンシアが〝夜明けアウロラ〟で焼き払った。


 〝アウロラ〟はその名のとおり、夜明けのエーテルを疑似的に再現し、不完全な火力部分を圧縮した光線にすることで、実用化に成功した比較的新しい魔術だ。その特性上、障壁を貫通しやすく、味方の障壁にも穴を開けてしまうといった難点もあるが、アイラは絶妙なエーテルの操作によって、空いた穴を瞬時に塞いでいた。


 しかし、それにも限度がある。


 障壁は外部と内部からの攻撃を受け続け、みるみるうちに劣化していく。アイラの作った障壁は帝国が定めた障壁硬度に当てはめると硬度6に迫るほどのものだったが、それでも亡霊の攻撃を防ぎ続けることはできなかった。


「もう、壊れちゃう」


 アイラが息を漏らした。


「裏からおれが障壁を張って、時間を稼ごうか?」


 呆れたようにアイラは首を振った。


「ロドリックの障壁じゃ、時間稼ぎにもならないよ」


 辛辣な言葉を受けて、おれは扉を支えているイグと顔を見合わせた。


「どうやら、ここまでのようだ」


「わかりました。いったん引きましょう」


 おれたちはカレンシアから順に扉をくぐり、一番最後におれが装剣技を振り回しながら追いつくと、イグが勢いよく扉を閉めた。


「これで3回目、今日はここまでだな」


 おれたちは今日一日、こうやって作業のように淡々と亡霊を倒し、危なくなったら扉から逃げる、を繰り返していた。


「いつまでこんなことを続けるつもりですか?」


 イグがとげのある口調でおれに迫った。


「やれと頼んできたのは、あんたらだったはずだけどな」


「テリア様は第6層を攻略するよう命じたのです」


「だから、今やってるじゃないか」


 結局のところ、おれたちが打てる手は、亡霊が有限の存在だと信じて、安全地帯から狩り続ける以外になかった。イグもそれは承知の上だった。しかし、これを始めて今日で3日目になるにも関わらず、一向に亡霊の数が減る様子は見られない。


「なんども言いますが、時間がありません」


「ああそうらしいな。だが、今日はここまでだ。しっかり休息を取って魔力を回復させてからじゃないと、探索は続けられない」


 イグはまだ何か言いたそうだったが、彼以外は皆、おれと同じ意見だった。


 イグは珍しく悪態をつきながら階段を上り、第5層へと戻っていった。

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