滅罪

第57話 探索者たちへ ①

 パルミニアに戻ると決めれば、そこから先は早かった。


 ダルムントは何も尋ねず、分かった、とだけ述べると黙々と帰り支度を行い、カレンシアは、貴方が決めたことならそれで構いませんと笑って見せ、イグは予定より早くパルミニアに帰れることを喜んだ。ただひとり、ニーナだけはおれの優柔不断を罵り、今までかかった経費の返却を要求してきた。

 振り回しているのはおれだ、彼女にとってこれは当然の権利だろう……もっとも、その要望に応えられるほどの手持ちはないが。


「それで、どう思う?」


 アイラが、魔術で冷やしたエールを前に、深刻そうな顔を浮かべていた。パルミニア新市街にあるアイラの邸宅内、夜もそろそろ第2夜警時に差し掛かろうかというところだったが、おれたちは新たに追加された変数に対し、なんらかの策を練らねばならなかった。


「おれには、なんだか随分と焦っているように見えたが」


 対談の内容はテリアの態度に関してのことだった。


 予定より早く休暇を切り上げ、パルミニアに戻ってきたはずのおれたちだったが、テリアの反応は予想外のものだった。

 彼女はおれたちを出迎えるや否や、すぐさま次の迷宮探索の調整に取り掛かった。話によれば、キルクルスのリーダーであるハリードの合流は、来週以降になるとのことだったが、テリアはそれを待つ気はさらさらないようだった。おれたちは明後日には、彼女の父の名を冠する迷宮に赴かねばならないことになっていた。


「そうだね、でも理由が分からない」


 もちろん、テリアの提案に対し、おれたちは疑義を呈した。それに対する回答は、パトローヌス特有の金に関するものだった。


「予算の関係で急いでいるというのは、嘘ってことか?」


「うん、討伐報酬や傷病手当として支払う額を、すべてカッシウス家が負担していたとしても、迷宮から得られた財宝の売却益を超えることはないはずよ。仮に経費を増やして徴税を免れたかったのだとしても、次の国税監査は来年の夏よ。動くにはまだ早すぎる」


「別の理由があるってことか」


 テリアが迷宮探索を急ぐ理由、山ほどありそうだが、これと言って確信を持てるものは思い浮かばなかった。


「政治的な問題かも」


 アイラが口に含んだエールで喉を鳴らしたあと、頭の中に散らばったパズルをかき集めるように、ぽつりぽつりとつぶやいた。


「たとえば、フィリスが負けて、帝都に帰ったってことは、ある意味、皇帝派の退潮に繋がるから……皇帝は別の方法で迷宮に介入する必要が出てくるわけで……となるとカッシウス家を牽制できるほどの皇帝派元老院議員が、近々パルミニアに来る。みたいな感じ?」


「同時に、抜きんでた奴の足を引っ張る方法を、いくつか思いついたのかもしれないな」


「というと?」


「おれが皇帝の立場なら、テリアを売国奴扱いする」


 アイラが目を見開いた。


「もしかして、シア?」


「そうだ。あの決闘は衆目に晒された上、最終的には切り札である黒い魔術も使用した。記憶のないおれにはしっくりこないが、あの場には多くの魔術師も居たはずだ。その中にはもしかすると、シアの魔術を知っていた者もいたかもしれない。テリアとシア、つまりカッシウス家と、元とは言え敵国の一員であるエミリウス家の繋がりを勘ぐるには、あの決闘は十分すぎる材料を、元老院議会の床下でとぐろを巻く奴らに与えてしまったのかもしれない」


「カッシウス家は失脚するかな?」


「それは分からん。だがテリア本人は、その可能性を見たんだろう。まあ、理由はどうであれ、とにかく早急に、この迷宮との決着をつけたがってることに違いはない」


 アイラは背もたれに体を預け、ひじ掛けを指で叩いた。


「私たち、時間を稼げば稼ぐほど、有利になるんじゃない?」


「ああ、だが、テリアを敵に回さない程度に、だろ?」


 こうやって当面の方策は決定され、その結果、たっぷり3日間をかけて、おれたちは第6層に到達することになった。

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