第48話 帰路 ③

「――しかし、それもリンタキスの裏切りによって破綻してしまったのです」


 おれは初日からの出来事を、なるべくこちらにとって都合のいいように脚色して伝えた。探索が失敗に終わったのは、第6層に巣くう亡霊の情報が少なすぎたこと、そしてリンタキスに対するギルドの身辺調査が不十分だったこと、この2点を主な原因として上げた形だ。


「それは大変だったわね。でも、よく生きて戻ってきてくれたわ。それだけで十分よ、生きてさえいれば、またすぐに挑戦できる」


 テリアはそう告げると、奴隷におれのコップを酒で満たすよう命じた。おれは注がれた蜂蜜酒には手を付けず、話を続けた。


「それで、折り入ってご相談があるのですが」


「ええ、何でも言って」


 ここからが本題だ。


「少し、休暇をいただきたいと思いまして」


「あら……」


 一瞬だけ、テリアの微笑みが凍り付いた。ほんの一瞬だけだ、すぐに元の笑顔が本音を覆い隠す。


「どのくらい休みたいの? 今週いっぱい?」


「いえ、3カ月ほど、いただければ」


「それはさすがに長すぎるわ、スピレウスのことはどうするの? 救出に向かうのではなくて?」


「正直に申し上げますが、スピレウスの生存は絶望的でしょう。あの状況で生きているとは思えません」


「そうかしら? フィリスの記録では第6層の奥にある大穴を下りれば、亡霊は追ってこないらしいじゃない。もしかするとスピレウスは大穴の下に降りて、助けが来るのを待っているかもしれないわよ」


「彼ひとりで大穴まで逃げきれるとは考えられません。それに、そもそもフィリスの残した記録が正しいかどうかも、疑義が残るもんです」


「そう、まあ貴方がそう決めたなら、業務方法に関して口出しするつもりはないわ。でも意外ね、貴方が仲間を見捨てるなんて」


「買いかぶりすぎです。私はいつもそうやって生き残ってきた、卑しい探索者に過ぎません」


 おれのわざとらしいまでの卑下に、テリアは何か腑に落ちない様子ながらも、話題を戻した。


「とにかく、探索の方法についてまで口出しするつもりはないけれど、3カ月の休暇については、どういう理由であっても認められないわ。貴方が休んでる間も、第5層の休息所は全て維持し続ける必要があるの。それに幾らかかるか、知らないわけじゃないでしょう?」


「それならば、休息所を維持するための経費の一部分でも、こちらに回していただければ、彼の気も変わるかもしれません」


 アイラが割り込んできた。おそらくおれの思惑が、テリアを強請って更なるコインを請求することだと考えたのだろう。


「どのくらい包めば、休暇期間を短くできそうなの?」


 アイラの提案で、落としどころを見つけたからか、テリアの表情が若干緩んだ。


「1000セステルほど融通していただければ、ひと月で調子を取り戻せるでしょう」


 目的は休暇でも、ましてや金でもなかったが、とりあえず話を合わせるため、おれはそう答えた。対するテリアは額に手を当て、ひとしきり悩むような素振りを見せたあと、呆れたように笑みを浮かべて言った。


「2000渡すわ。その代わり、休暇は20日で切り上げなさい」


 よし、20日という言質が取れれば十分だ。これ以上の交渉ごっこは必要ないだろう。


「ありがとうございます。20日間あれば何とかなります」


 引き下がる場所としては、悪くないタイミングに見えただろうが、テリアはおれの言葉尻に微かな違和感を覚えたらしい。首を傾げた。


「でも、貴方がわざわざ休暇を要求するなんて珍しいわね。何か予定でもあるのかしら?」


 面白いように、おれの求めた言葉が出てくる。だがなテリア、その質問は最初にするべきだったな。


「そうですね――」おれはテリアの反応をしっかりと観察しながら続けた。


「この機に一度、実家にでも帰ろうと考えておりまして」


 その瞬間、テリアの表情に緊張が走ったのが見て取れた。彼女はおれの真意を探るように、黙ってこちらを見つめていたが、しばらくして一言呟いた。


「ジルダリアは遠いわ」


 そのとおり。だが20日あれば馬と航路で行って帰ってこれない距離ではない。にもかかわらず、テリアはおれの帰郷を止めに入った。


「20日で帰ってこれる保証はないでしょう。ジルダリアに帰るのは止めておきなさい。パルミニアを離れてリフレッシュしたいのであれば、ドマノ港に私の保有する別荘があるから、そこで休暇を楽しみなさいな」


 テリアは努めて平静を保とうとしていたが、口調が早くなったことからも、内心焦っているのが見て取れた。


「心配には及びませんよ。この時期であれば、北から吹き降ろす風に乗れば、航路で7日もあれば王都テルムに着きます。帰りは早馬を使えば同じ日数でパルミニアに帰還可能です」


 しかしテリアは首を縦に振らなかった。予想どおりの反応だ。フィリスの託してくれたあの手紙を読むに、おれの叔父とテリアは秘密裏に何かを企んでいたのだろうが、その関係には亀裂が入り始めていたのだ。原因はおそらく――。


「貴方一人で帰るつもり?」


「いいえ、カレンシアを連れて帰るつもりです」


 テリアの表情が一段と曇った。やはりそうだ、亀裂の原因はカレンシアなんだ。おれは相手の出方を待った。そろそろテリアも、おれが何らかの情報を手に入れたのではないかと勘繰っている頃だろう。


「カレンシアは私と一緒に魔術の特訓をするの、ロドリックも帰るなんて言わないで、付き合ってよ」


 しかし、意外なことに、ここで待ったをかけたのはアイラだった。


「魔術の訓練ならジルダリアに行きながらでもできるだろう。何なら君もついてきたらいい」


 おれはおざなりにあしらった。今はアイラの気まぐれに付き合うつもりはない。


「そんなのいやよ、確かに訓練は出来るかもしれないけど、三人で色んなことを楽しむには、やっぱり清潔なベッドがなくちゃ困るわ」


「本気で言ってるのか?」


 おれはアイラを見た。冗談を言っているようには見えない。


「ドマノ港の別荘には、ここより広くて華美な浴場もついてるわよ。それに男女が楽しむのにうってつけの装置も」


「だってさ、広くて清潔な別荘でなら、私もカレンシアも、ロドリックの好きな時に相手してあげられるよ」


 非常に魅力的な提案だった。だからこそ怪しすぎる。ああ見えてアイラは、性的なことに関してはかなりガードが固く、今まで何度誘ってもなびかなかった。にもかかわらず、突然ここにきて、自らの体を見返りに使うなんて。テリアならともかく、そこまでしておれを引き留める必要が、まさかアイラにもあるってことか?


 だとすると、アイラの目的は……。


 おれは突如として思いついてしまった悲しい憶測に、言葉を失った。


「どうしたの? 考えただけで楽しくなってきちゃった?」


 軽口を叩きながらも、アイラがそういうことに慣れていないのは、赤らめた頬からもひしひしと伝わってきた。カレンシアもかつてないほど複雑な表情を見せている。


「ああ、そうだな」


「じゃあ、さっそく明日出発できるように手配しましょう。私に任せなさい、素晴らしい休暇を提供してあげる」


 花を咲かせたように、テリアとアイラが意気投合してドマノ港のグルメや観光スポットを言い連ねる間、浮かないおれの心境に気づいたのは、きっとカレンシアだけだろう。


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