第47話 帰路 ②

 テリアへの報告のため、カッシウス邸に同行すると申し出たのはカレンシアとアイラだった。

 ちょうど夕食時だったこともあり、カッシウス邸からは食欲を誘う香ばしい匂いが漂っていた。イグはおれたち3人を応接間に通すと、準備ができるまで待つよう言い残して部屋を出た。おそらく先んじてテリアに詳細を報告するつもりだろう。


「テリアはどんな反応を見せるかな」


 イグが去ったあと、アイラが客間のクッション付きの椅子に、体を投げ出しながら言った。


「歓迎してくれるさ、きっと」


 おれは飲み物が置いてある御伽石のテーブルを挟んで、向かい側に座った。ちなみにカレンシアはその隣だ。


「テリアが雇った用心棒たちに、痛めつけられちゃうかもよ?」


「そんなことできる奴らが居るのなら、そいつが迷宮に潜ればいい」


 それに、テリアはそういうやり方を好むタイプではない。もっと、陰湿で腹黒く、つまりごく一般的な価値観を持つ女性だ。違うのはそこらの男なんかじゃあひっくり返っても届かないほどの、金と権力を持ってるってことだけ。


「でも、ちょっと遅いですね……」


 テリアが直接ここに出向くことはないにしろ、そろそろ奴隷なりなんなりにおれたちを会合の場へ案内させてもいい時間だった。


「探検でもするか?」


 奴隷たちが食器か何かを運ぶような音、扉を何度も開け閉めする音は聞こえるが、おれたちの他に客が来てるって感じはしない。


「いいですね!」


 カレンシアが目を輝かせて立ち上がった。しぶしぶだがアイラも欠伸を嚙み殺して立ち上がろうとしたとき、ノックもなく客間の扉が開かれた。


「皆さまお待たせしました。浴場の用意ができましたので、どうぞ」


 イグは少しばかりさっぱりした顔つきになっていた。おれたちは顔を見合わせ、満場一致で風呂場へ移動することにした。

 風呂場での描写は非常に刺激的なものになる恐れがあった。おれの情緒は、しかめっ面で腕組みするパトロヌスを前にした竪琴弾き程度には繊細だったし、何より浴場は男女別だった。一緒に居たのは垢すり器を持った奴隷だけ、語ることなど何一つとしてない。


「テリア様がお待ちです、こちらへ」


 幾分か綺麗になって、おれたちはようやくテリアの前に出ることを許された。

 広い中庭の柱廊は、篝火とアーティファクトによって暖められてはいるものの、風呂上りに歩くにはまだ少し冷えた。速足で進んだ先にある、独特の形状をした洗面台で手を洗い、服に飛び散った水滴を払う。食卓への扉を奴隷が開けると、一番奥で座っていたテリアが立ち上がった。


「準備に時間が掛かってしまいごめんなさい、まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったから」


「このような結果になってしまい申し訳――」


 おれが頭を下げようとすると、テリアが「いいから、今は食事を楽しみましょう」とみなを席に着かせた。


 イグは相変わらず、亡霊のようにテリアの斜め後ろに立っている。おれたちはとりあえず言われるがまま、飯を食うことにした。


 テリアが上流階級の嗜みとして、招いた客に対して順々に話題を振る。アイラには最近帝都で流行っている芝居の話、カレンシアにはパルミニアで見つけた美容品の話題、おれには骨董品やアーティファクトの話題など。さすが貴族様だ。心の中ではどう思っているのか知らないが、少なくとも表面上は食事中に仕事の話で、おれたちの気分を害するつもりはないようだ。あくまで食事中は、だったが。


「一応、イグから大まかな話は聞いているのだけれど、初日にあった出来事も含めて、貴方の口から探索結果を聞かせていただける?」


 テリアがそう切り出したのは、おれたち全員が食後のデザートを食い終わった頃だった。いち早く食べ終わっていたおれは、歯の隙間に挟まった魚の骨と、舌との戦いを中断し、テリアに向き直った。


「少々長くなるかもしれませんが――」


「構わないわ」


 おれはアイラやカレンシアと顔を合わせると、蜂蜜酒を一気に飲み干してから、テリアに向き直った。

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